エッセイ · 嗅覚アート

シルヴィ・フルーリー「Aura Soma」。

Sylvie Fleury. Aura Soma.

油と水は並んでいて、決してひとつにならない。

シルヴィ・フルーリー「Aura Soma」。色のついた油と水を入れた102本の小瓶が列に並ぶ

Museum Tinguely, Basel · Museum Tinguely



色つきの瓶の壁

「Aura Soma」は、ジュネーヴ生まれのスイスの作家シルヴィ・フルーリー(Sylvie Fleury)による2002年の作品。50 ml の小瓶102本を列に並べ、四つのライトボックスを組み合わせている。

どの瓶にも油と水が入っている。ふたつは混ざらないので、瓶はそれぞれ上と下、二本の色の帯に分かれる。瓶は色が違い、香りも違う。

遠くから見ると、化粧品店の棚のようだ。近づくと画家のパレットのように見える。ただ色はチューブから絞られるのでなく、瓶に詰められている。ライトボックスが液体を光らせ、瓶それぞれが内に自分の光をもっているかのようだ。

作品はメルセデス・ベンツ・アート・コレクションの所蔵。2015年、バーゼルのティンゲリー美術館の展覧会「Belle Haleine, The Scent of Art」で展示された。

流行から借りた名前

Aura-Soma は実在する商業的な体系の名前だ。そこではコンサルタントが、客一人ひとりの性格にどの油と水の瓶が合うかを決める。色と香りの組み合わせは、こうして一人の人の肖像として扱われる。

フルーリーはその名を自分の作品に用いた。ティンゲリー美術館によれば、作品は秘教をめぐる流行の現象と、内なる均衡を求めて香りを使う潮流を扱っている。2000年代のはじめには、その潮流は独自の店、商品、言葉をもつ大きな市場になっていた。

フルーリーはその市場を報告しない。別のことをする。市場の物を取り出してギャラリーに置き、ふだん付いてくる相談なしにそれがどう見えるかを、見る人に見せる。

色を読んでくれる人がいなければ、瓶はただの瓶だ。美しく、明るく、色とりどり。そして意味については黙っている。

店の棚と美術館のあいだ

フルーリーは消費財を美術に持ちこむことで知られる。ショッピングバッグ、化粧品、ファッション、買いたい、ある姿に見られたいという欲望と結びついた物。「Aura Soma」もその系譜にある。けれど美術史にも語りかけている。

瓶の規則正しいブロックは、同じ単位の反復を好んだアメリカのミニマリスト、ドナルド・ジャッド(Donald Judd)の壁の作品を思い出させる。メルセデス・ベンツのコレクションは、この作品を、色をそれ自体ひとつの素材として研究する具体芸術と構成主義芸術の伝統における、三次元の色見本としても読んでいる。

だから同じ瓶の壁が二通りに読める。スピリチュアルな流行のための店頭陳列として。あるいは色についてのミニマルな作品として。フルーリーは見る人に選ばせない。二つの読みを同時にあらせる。瓶のなかの油と水のように。並んで、決して混ざらずに。

秘教への関心はここで終わらない。振り子、瞑想のイメージ、色つきのランプも彼女の作品に現れる。彼女はそれらを、デザイナーのショッピングバッグと同じように使う。社会が余分な意味を積みこんだ物として。

見るための作品のなかの香り

「Aura Soma」はまず見る作品だ。色、光、繰り返される瓶のリズム。けれど瓶はそれぞれ異なる香りをもつので、嗅覚アートにも属する。「Belle Haleine」では、1,200平方メートルを超える空間で、40人を超える作家による匂いの作品のあいだに置かれた。

そこで作品は独自の問いを立てた。香りが色とともに来るとき、香りは何を語るのか。化粧品では、液体の色はしばしば、嗅ぐ前に匂いを示すために選ばれる。花にはピンク、爽やかさには青、柑橘には黄。鼻より先に目が推し量る。

フルーリーの作品はその習慣をあらわにする。102本の色つきの瓶を前にすると、見る人は推し量らずにいられない。そしてその推測が、匂いがどう見えるべきかについて、広告がどれほど多くを教えこんできたかを示す。