エッセイ · 嗅覚アート
上田麻希(Maki Ueda)「Olfactory Labyrinth Ver. 2」
Maki Ueda. Olfactory Labyrinth Ver. 2.
香りをひとつ選び、それを追う。
Maki Ueda(アーティスト公式サイト) · Maki Ueda(アーティスト公式サイト)
ヴィラ・ロートの迷路
2015年3月24日、上田麻希の「Olfactory Labyrinth Ver. 2」が、ドイツのヴィラ・ロート美術館で、カロ・フェルベーク(Caro Verbeek)のキュレーションによる展覧会「There is something in the air」の一部として公開された。題はすでに、来場者が出会うものを告げていた。空気のなかの何か。見えないが、現実のもの。
作品は迷路である。その壁には木の香りの芳香化合物が染み込ませてある。四つ。シダーウッド、オリバナム、パチュリ、ラブダナム。シダーウッドは木。オリバナムは乾いた土地の木の樹脂。パチュリは葉。ラブダナムは地中海の低木の樹脂。四つの異なる由来、どれも温かく、乾いて、深い。
規則は短い。入口で、歩く人はひとつの匂いを選ぶ。そこから、あらゆる曲がり角でその匂いを追わねばならない。正しく追えば、出口が見つかる。
この版はジャン・ブイ香料会社(Jean Bouis Perfumery)の協賛を受けた。匂いの迷路が成り立つには、香りが会期中ずっと壁にとどまるほど持続し、ふつうの鼻が嗅ぎ分けられるほど明確でなければならない。
目が働かなくなるとき
迷路はふつう目の遊びだ。曲がり角を見て、壁を覚え、方向を推し量る。上田はそうした手がかりの大半を取り除く。壁はどちらが正しいかを語らない。道と道の違いは、匂いだけだ。
上田が関心を寄せるのは、方向を見失うことと、動くことだ。匂いは、動いているときには違って受けとられる。立ち止まっていると、すぐに匂いに慣れ、気づかなくなる。歩いていると、匂いは強まり、あるいは薄れ、その変化が道が合っているかどうかを教える。
だから歩く人は速度を落とす。曲がり角ごとに立ち止まり、壁に身を寄せ、息を吸う。身体は、跡をたどる動物の動きをする。都市の暮らしがめったに求めない姿勢だ。迷路は人に思い出させもする。入口でとらえた匂いを保ち、角ごとに比べなければならない。
ひとつのシリーズ、いくつもの版
上田麻希は長年オランダで活動してきた日本のアーティストで、匂いを主な素材とする。「Olfactory Labyrinth」シリーズは2013年に始まり、版ごとに鼻で進む別の方法を試している。
Ver. 2 はヴィラ・ロートにとどまらなかった。2019年2月14日から2020年2月14日まで、スイス、ローザンヌの手の博物館(Musée de la Main)で、ジュネーヴのフィルメニッヒの支援による展覧会「QUEL FLAIR!」で展示された。まる一年、ローザンヌの来場者は同じ四つの木を歩いた。
のちの版は、かたちも比喩も変えた。サンパウロの Ver. 4には壁がなく、天井から吊るされた瓶だけが、歩く人を見えない桜の木へと導いた。Ver. 2 はほとんど古典的なかたちを保つ。本物の迷路、本物の壁、そしてそのあとのすべてを決める最初のひとつの選択。
残るのは、問いの簡素さだ。私たちは自分の鼻をどこまで信じられるのか。たいていの人は試したことがない。上田は試すための空間を築き、歩く人に、自分の鼻が思っていたより道をよく知っていると気づかせる。