エッセイ · 嗅覚アート
上田麻希(Maki Ueda)「Olfactory Labyrinth Ver. 4」
Maki Ueda. Olfactory Labyrinth Ver. 4.
桜の木は、匂いだけで現れることがある。
Maki Ueda(アーティスト公式サイト) · Maki Ueda(アーティスト公式サイト)
鼻で一番よい場所を探す
2018年6月4日から10月21日まで、ブラジルのジャパン・ハウス サンパウロで、上田麻希の「Olfactory Labyrinth Ver. 4」が初公開された。キュレーションはフェリペ・リーベンボーム(Felipe Riebenboom)、支援は日本の香料会社、高砂香料。
作品は、日本の桜を見る習わし、花見に拠っている。春ごとに人々は木の下に敷物を広げ、食べ、花の下で語らう。一番よい場所は、たいてい早くから押さえられる。
来場者に与えられる課題はひとつ。嗅覚で、花見に一番よい場所を見つけること。部屋の桜の木は見えない。歩く人が木に近づいていると知るのは、匂いが強くなるときだけだ。
これは、上田が2013年に始めた匂いの迷路の第四の版である。ヴィラ・ロートの Ver. 2のような以前の版は、壁で迷路を築いた。Ver. 4 はそれを取り払う。
81本の瓶、ひとつの格子、ひとつの距離
サンパウロの迷路は、天井から吊るされた81本の瓶による九×九の格子である。一本ごとに香りのオイルが入っている。瓶はろうそくの芯に吊るされ、芯がゆっくりと瓶から香りを吸い上げ、空気へ放つ。
列の間隔は70センチメートル、ちょうど一人分。作家によれば、どの瓶もおよそ35センチメートル以内で嗅ぐことができる。二つの列のあいだを歩く人は、脇の瓶しか嗅げない。次の瓶に何が入っているかを知るには、前へ進まなければならない。
溶液は、香りを持ち上げるエタノール80%と、とどめるプロピレングリコール20%。濃度は段階的に下がる。10%、0.33%、0.01%、そしてほぼゼロ。上田は、私たちが強さを和ではなく比で知覚するという精神物理学の原理、ウェーバー・フェヒナーの法則に拠った。だから段階は等間隔ではなく倍数で、鼻がひとつひとつを確かに区別できる。近すぎれば歩く人は迷い、遠すぎれば遊びは繊細さを失う。
夜の花の匂い
桜の香りは上田が自らつくった。彼女はそれを、夜の静けさのなかで香りを放つ花のように、柔らかく粉っぽいと言う。本物の桜の香りはごくかすかで、多くの人は午後じゅうその下に座っていても気づかない。上田はそのかすかさを素材にする。
夜は意味のある選択だ。昼の花見は目のものだ。桜色、陽光、人の群れ。夜、視覚が弱まると、ほかの感覚が語りはじめる。上田の迷路は、真昼のさなかに来場者を春の夜へ連れていく。
日系ブラジル人の大きな共同体をもつサンパウロでは、花見は異国の考えではない。けれど作品は、その習わしを知っていることを求めない。木の下に座るよい場所を探すことは、誰にでもわかる。
Ver. 4 で心に残るのは、季節を地図に変えるそのやり方だ。散る花びらも、像もない。81本の瓶と芯、かすかな粉っぽい匂いだけ。それでも人は、桜の木の下に座ったような心持ちで帰っていく。