エッセイ · 嗅覚アート

上田麻希(Maki Ueda)「Olfactory Labyrinth ver. 5: Invisible Footprints」

Maki Ueda. Olfactory Labyrinth ver. 5: Invisible Footprints.

一歩一歩が、次に来る誰かへの伝言である。

上田麻希「Olfactory Labyrinth ver. 5: Invisible Footprints」。色とりどりのスリッパを履いて展示室を歩く来場者

© Maki Ueda · Maki Ueda(公式サイト)



七足のスリッパ、七つの香り

入口で、来場者はスリッパを一足選ぶよう促される。色は七つ、それぞれがひとつの香りに結びついている。緑はシス3ヘキセノール、刈った草の匂いのもとになる分子。水色はユーカリ油。青はローズマリー。赤はラバンジン、ラベンダーの交雑種。オレンジはオレンジ油。黄はリモネン。茶は松葉油。

靴底は、上田麻希が自らデザインしたスタンプ台に押しつけられる。インクは無色。彼女は溶剤も自分で調合し、オイルが目に見える跡を残さずに床にとどまるようにした。来場者は部屋へ歩み入る。自分が何を残していくのかは見えない。

けれど彼らは道筋を残している。一歩ごとに香りの点がひとつ。歩みがつながって跡になる。人が通るにつれ、床には重なり合う道の網が集まり、それぞれが固有の匂いをもつ。

あとから来た人は、その逆ができる。床の近くまでかがみ込み、誰かの跡を追う。その姿勢は、匂いを嗅ぐ犬のものだ。作品は来場者を、まさにその姿勢へと意図して導く。

壁のない迷宮

「Olfactory Labyrinth」は、上田がいくつもの版を通して展開してきたシリーズだ。以前の版は、仕切りや、空間に吊るした香りの点で迷路を築いた。桜の香りの格子をもつ第四の版のように。来場者は目ではなく鼻で道を見つけた。

第五の版は壁を取り去る。迷路はあらかじめ築かれない。来場者が一歩ずつ、自分で描く。どんな道ができるのかは誰にもわからない。朝の空っぽの部屋が、午後には密な地図になりうる。

作品は、日本の清須市はるひ美術館での上田の個展で、2019年10月12日から12月8日まで初公開された。キュレーションは藤本奈々、香りの素材は山本香料が支援した。

2020年、「Invisible Footprints」は、アート・アンド・オルファクション・アワードの、香りを用いた実験的作品の部門であるサダキチ賞のファイナリストになった。

動物は鼻で話す

上田の出発点は、犬を観察することだった。犬は匂いを使って縄張りを示し、互いを見分け、相手を見つける。犬にとって街灯の柱は、にぎやかな掲示板だ。通る犬がそれぞれ一行を残す。次の犬がそれを読み、もう一行を足す。

人にも鼻はあるが、互いに話すのにそれをほとんど使わない。私たちは言葉で、文字で、絵で話す。自分の体臭は、気づかれたとしても、たいてい覆い隠される。作品の問いは率直だ。人が動物のように匂いで伝え合おうとしたら、何が起きるのか。

答えは壁のテキストにはない。部屋での人のふるまいのなかにある。自分が残すものに無頓着に、足早に歩く人がいる。わざと輪を描く人がいる。ひざまずき、オレンジの跡を這って追い、それから顔を上げて、自分の奇妙さに笑う人がいる。

その奇妙に感じる瞬間が大切だ。それは、人間の嗅覚が消えたのではないことを示す。低く順位づけられてきただけだ。視覚と聴覚の下に。作品はそれをもう一度持ち上げる。たとえ一つの部屋のなかだけでも。

持ち主のない痕跡

ひとつ目を留める価値のあることがある。「Invisible Footprints」では、誰も自分の足跡に署名しない。香りはスリッパのもので、歩く人のものではない。同じ色を履いた二人は同じ匂いを残す。跡は、誰かが通ったことを語るが、それが誰かは語らない。

この点で作品は、上田が本物の犬と行ったプロジェクトとは異なる。たとえば「Dog's Nose」では、ある特定の鼻が、ある特定の街を横切る。ここでは匂いが共有の文字になる。七つの香りは七つの文字のようで、来場者はそれぞれ、足で一文を書く。

展覧会が閉じると、床はモップで拭かれる。迷宮は消える。展示すべき地図は何も残らない。作品は、歩かれている日々のなかにだけ存在する。そして、かつてひざまずいて床を嗅いだ人の記憶のなかに。