エッセイ · 嗅覚アート

上田麻希「That Microplastics Smell Delicious!」

Maki Ueda. That Microplastics Smell Delicious!

匂いは、ごみを餌に変えることがある。

上田麻希「That Microplastics Smell Delicious!」:海とプラスチックを表す青と白の玉のインスタレーション

Maki Ueda(アーティスト公式サイト) · Maki Ueda(アーティスト公式サイト)



青い玉、白い玉、ひとつの匂い

「That Microplastics Smell Delicious!」は、上田麻希が2023年に制作したインスタレーション。同年9月22日、東京ビエンナーレ2023で、藤幡正樹がプロデュースし、Super Sorted Trash Cans Project 2023 とともに行われたプログラムのなかで発表された。

形は簡素だ。容器のなかに、青い玉と白い玉がある。青は海。白はプラスチック。目には、ふたつははっきり別物で、取り違えようがない。

だが作品は目のためのものではない。小さな装置が匂いを決まった量ずつ放つ。一日に約二十滴。匂いはジメチルスルフィド、DMS。プランクトンがつくる化合物である。多くの人は、それを私たちが海の匂いと呼ぶものの一部として知っているだろう。

DMS の沸点はおよそ38°C で、きわめて揮発しやすい。作家によれば、展示の条件で匂いが安定するよう溶媒を調整したという。これほど逃げやすい匂いは、一滴ずつ、計算によってその場に留めなければならない。

なぜ海の生きものはプラスチックを食べるのか

作品はひとつの科学的知見に基づいている。海の生きものがマイクロプラスチックを食べ物と取り違えるのは、見た目ではなく匂いのせいだ。プラスチックは匂いを吸いやすく、DMS もそのひとつ。海の生きものの多くは目が弱く、鼻が鋭い。彼らにとって、DMS を吸ったプラスチックは偽の餌になる。

2016年に「Science Advances」に発表された研究は、このしくみを海鳥で示した。海で数週間を過ごすと、プラスチックの破片は微生物に覆われ、微生物がプラスチックに DMS の匂いの印を与える。自然界では、植物プランクトンがオキアミなどの動物プランクトンに食べられるとき DMS が放たれ、一部の海鳥はその匂いを頼りに餌場を見つける。

研究によれば、DMS に反応する鳥の種は、反応しない種に比べておよそ五倍の頻度でプラスチックを食べていた。その方法はのちにほかの科学者たちから議論された。だが核となる考えには立ち止まる価値がある。かつて鳥を食べ物へ導いた信号が、いまは鳥をごみへ導いている。

メッセージとしての匂い

上田麻希はオランダで長年活動してきた日本のアーティストである。作品の多くは、「Olfactoscape」や匂いの迷路のように、匂いを使って空間と知覚を探る。この作品は別の方向を向く。匂いを使って海の汚染を語る。

環境をめぐる作品の多くは、強いイメージに頼る。埋立地、死んだ鳥、統計。上田は回り道をとる。結果を見せない。原因を嗅がせる。部屋の DMS は恐ろしくない。少し塩気があり、少し硫黄っぽく、海辺のようだ。なじみがあるからこそ、訪れた人は、鳥がいかにたやすく騙されるかを理解する。

タイトルも同じ働きをする。マイクロプラスチックっておいしい匂い! 明るい広告のように聞こえる。だが話し手は海鳥で、その一文は罠である。

残るのは立ち位置の移動だ。私たちはふだん環境問題を上から見る。ここでは数秒のあいだ、別の生きものの鼻で世界を嗅ぐ。そして気づく。私たちが海に捨てるものには形だけでなく匂いがあり、その匂いがほかの生きものに偽りを告げていることに。