エッセイ · 嗅覚アート

ジョン・ウォーターズ(John Waters)。「Polyester」の Odorama。

John Waters. Polyester in Odorama.

十の番号、ひとつの家の十の匂い。

「Polyester」の Odorama スクラッチ&スニフカード:1から10まで番号をふった十の丸が刷られたカード

The Criterion Collection · The Criterion Collection



一枚のカード、十の番号

1981年、「Polyester」が公開されたとき、観客はチケットと一緒に小さなカードを渡された。そこには1から10まで番号をふった十の丸があった。上映中、画面の隅に番号が現れる。それが合図で、対応する丸をこすり、鼻へ近づける。

ジョン・ウォーターズはこの仕組みを Odorama と名づけた。劇場に機械はなく、管もなく、送風機もなかった。すべては観客の手のひらの中にあった。Criterion Collection によれば、1981年のオリジナルのカードは 3M が製造した。

十の匂いは順に刷られていた。バラ、おなら、模型飛行機用の接着剤、ピザ、缶入りのガソリン、スカンク、オーブンの都市ガス、新車の革張りシート、汚れた靴、そしてエアゾールの芳香剤。

一覧を読めば、映画の精神がすぐにわかる。花はひとつだけ。残りは台所、ガレージ、通り、そして体。艶やかな表面をこすり落とされたあとの、郊外の家の匂い。

鼻の利きすぎる主婦

「Polyester」は、ボルチモア郊外の主婦フランシーン・フィッシュポーを追う。演じるのはディヴァイン。Criterion の言葉を借りれば、フランシーンの強い嗅覚こそが、家庭の混乱を乗り切る助けになる。鼻は映画の第二の登場人物である。

だから Odorama は、面白さのための付け足しではない。フランシーンが嗅ぐとき、観客も嗅ぐ。画面の人物と座席の人とのあいだの隔たりが、小さな身ぶりで閉じられる。紙の一片をこすること。

ウォーターズはハリウッドの周縁で、主流の映画が避けた人物や主題を扱った。文字どおり臭い映画をつくりたかった。Criterion によれば、Odorama の仕掛けは観客への半ば人のよいいたずらでもあった。観客はからかわれているとわかっていて、それでもこする。それがいちばんいいところかもしれない。

いたずらにはもうひとつの層がある。アメリカの郊外は、ふつう清潔で、整っていて、芳香剤の香りがするものとして思い描かれる。ウォーターズは芳香剤を最後の丸に置いた。汚れた靴とガスのあとに。人工の心地よい匂いが、ほかのすべての上に掛けられた覆いのように、最後に来る。

Smell-O-Vision から手のひらへ

Odorama は、映画館に匂いを持ち込む最初の試みではなかった。1960年ごろ、Smell-O-Vision と AromaRama が、上映中に客席へ香りを送り込んだ。どちらも劇場そのものに機械を設置する必要があった。Variety 誌の Smell-O-Vision 初公開の評は、放たれた匂いを嗅いだと言う観客ばかりではなかったと記している。

ウォーターズはその時代から発想を借りたが、装置はすべて捨てた。匂いを放つことを、ひとりひとりの観客に返した。どれほど強くこするか、どれほど長く嗅ぐかは、各自が決める。かつて劇場全体を征服しようとした映画技術が、持ち帰れる安い印刷物になった。

のちの作家たちもこの名に立ち返った。ク・ジョンアは、使われなくなった駅のホームで、光と沈香だけでつくった作品にこの名を与えた。Odorama (Charing Cross)を参照。そこでは像はほとんど消え、匂いだけが残る。

2019年、Criterion が「Polyester」を再発売したとき、カードはつくり直された。Criterion によれば、香りのインクはテネシー州の Print-A-Scent によるもので、カードはニュージャージー州の Kaleidoscope Concepts が印刷した。スクリーン印刷には10日かかった。一度にひとつの匂いをすべてのカードに刷り、乾かし、それから次の匂い。

十の匂いに10日。冗談のカードは、じつはとても真剣な忍耐を必要としていた。そして半世紀近く経ったいまも、観客は同じ番号に従い、同じ丸をこすっている。