エッセイ · 嗅覚アート
ク・ジョンア(Koo Jeong A)。「Odorama (Charing Cross)」。
Koo Jeong A. Odorama (Charing Cross).
深く下りるほど、木は濃くなる。
Hyperallergic 掲載写真 · Hyperallergic
列車の来ないホーム
2016年7月2日、ロンドンで第1回の Art Night が開かれた。ふだん美術のためではない空間に作品を置く、一夜のアートの催し。この年のプログラムは、ICA(Institute of Contemporary Arts)がキャシー・ノーブル(Kathy Noble)とともにゲストキュレーションを務めた。
会場のひとつが、地下鉄チャリング・クロス駅の使われなくなったホーム。映画「Skyfall」の一場面が撮影されたのと同じ場所だ。列車は通らない。あるのはレール、タイル、古い標識、トンネルの闇だけ。
韓国のアーティスト、ク・ジョンアはそこに Odorama を置いた。彫刻も絵画もスクリーンも持ち込まなかった。Hyperallergic によれば、使ったのは光と、ある特定の匂いだけ。人々の現実の感覚を変えることが狙いだった。
来場者は階段を下りてホームへ向かった。進むほどに、甘く温かく、土のような匂いが強くなる。ホームに着くころには匂いは濃くなり、空気を占めていた。
沈香、匂いになった傷
匂いのもとは沈香。アジアの沈香樹の、樹脂を含んだ木材だ。樹脂は、木が菌やカビから身を守るときにできる。つまり沈香は、傷に抗う木の匂いがする。人が珍重するのは、生き延びようとする反応の痕跡なのだ。
作品についてのノートで、クはこう説明する。野生の沈香樹は絶滅危惧種として法で保護され、伐採できない。彼女の説明では、採取できるのは落雷のあとに倒れ、長い年月をかけて風と川に運ばれた木だけだという。
その事実が、トンネルの匂いに、数段の階段よりはるかに長い旅を与える。ロンドンに届く前に、木は雷と風と水に出会っていた。来場者の鼻は、その道の終点に立つ。来場者は雷も川も見ない。嗅ぐのは、それらが残したものだけ。
その匂いは、誰にとっても穏やかだったわけではない。Hyperallergic の書き手は、くしゃみや花粉症のような症状を記し、ほかの来場者も同じように反応していたと述べる。木の物語は気に入ったが、それを廃ホームそのものと結びつけるのには苦労したという。
素材としての光と空気
Odorama という名は、匂いを映像の添えものとした香り付き映画の試みを思い出させる。チャリング・クロスでは順序が逆になる。映像はほとんどない。光は道が見える程度。主役は匂い。
ク・ジョンアは長く、既存の空間への小さな、ほとんど見えない介入を手がけてきた。チャリング・クロスの Odorama は、その方法の極限に近い。この名は他のプロジェクトにも引き継がれている。ODORAMA CITIES もそのひとつ。見るものは何もない。来場者は作品を、服に、髪に、息に乗せて持ち帰る。
地下鉄のホームは、人ができるだけ速く通り過ぎる場所。立ち止まって匂いを嗅ぐ人はいない。Odorama は来場者の歩みを遅くする。濃くなっていく匂いを理解するのに、体は時間を要するから。通り過ぎる場所が、とどまる場所になる。
この作品が記憶に残るのは、匂いが建築に重なりうることを示したからだ。コンクリートも、タイルも、レールもそのまま。けれどあの夜から出てきた人々が覚えているのは、森と、雷に打たれた木と、名づけようのない木の匂い。