エッセイ · 嗅覚アート

ヨースト・アマン(Jost Amman)「The Sense of Smell」

Jost Amman. The Sense of Smell.

ひとつの香りと、それより大きな枠。

ヨースト・アマン「The Sense of Smell」:楕円の装飾枠のなかで小枝を鼻にあてる女性。下に OLFACTVS の文字

© Victoria and Albert Museum, London · Victoria and Albert Museum (V&A)



手より小さな一枚

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の「The Sense of Smell」は、高さ約8 cm、幅6 cm。紙は博物館に届く前に、きわまで切り詰められていた。ローゼンハイム・コレクションから V&A に入り、1923年に登録された。

これは16世紀後半にドイツでつくられた「The Five Senses」のうちの一枚。V&A はこの連作をすべて所蔵している。どの感覚も楕円のなかの女性で、どの楕円にも固有の装飾枠があり、どの枠の下にもラテン語がひとつ。視覚は鏡を持つ。聴覚はリュートを持つ。味覚は果実を口へ運ぶ。嗅覚は花を持つ。

嗅覚の楕円のなかで、女性は開けた野を足早に横切る。スカートが後ろへなびく。片手は小さな小枝を鼻へ上げ、もう一方の腕は花でいっぱいの籠を抱える。そばでは犬の形をした小さな動物が跳ねる。背後には市壁、ドーム、崩れた石のアーチ。そのすべてが細かく密な線で刻まれている。切手よりわずかに大きいだけの面積に。

二人の作り手、二つの技法

博物館は二人の名を記録している。ヨースト・アマンがエッチングで人物と風景を手がけた。シュテファン・ヘルマン(Stefan Herman)が枠を彫った。二つの技法は二種類の線を生む。エッチングはペンに近い柔らかな筆致を与える。エングレーヴィングは、左右対称の装飾に向いた、きりっと均一な曲線を与える。

ヨースト・アマンは1539年にチューリッヒで生まれ、1591年にニュルンベルクで没した。1560年ごろニュルンベルクに移り、当時もっとも名高い書籍挿絵画家のひとりだったヴァージル・ゾリス(Virgil Solis)のもとで働いた。アマン自身も、ドイツでもっとも多作な挿絵画家のひとりとなった。約1,500点の版画が彼に帰される。ある弟子はかつて、彼が四年間に描いたものは干し草車一台に積みきれないほどだったと語った。

もっともよく知られた仕事は、1568年にフランクフルトで刊行された「Ständebuch」。当時の職業を描いた木版画の本である。印刷工、靴職人、金細工師、薬種商。アマンは日々の暮らしを描いた。人が道具を持ち、カウンターに立ち、手で何かひとつのことをする姿を見ることに慣れていた。

型としての五感

五感を五人の人物で表すことは、16世紀と17世紀の北方の版画によく見られる習いだった。当時の小さな版画は、しばしば組で買われ、アルバムに貼られ、装飾品の作り手の手本として使われた。この一枚のような小さな紙は、遠くまで旅をし、写され、別の物のなかへ運ばれえた。

だから各感覚には、読みとりやすい物が必要だった。嗅覚にとってのそれは花で、しばしば犬が添えられた。鼻で生きる動物である。こうした記号は、ほかの作家による多くの連作にも繰り返し現れる。たとえばマルテン・ド・フォスにもとづくアドリアーン・コラールトの嗅覚の図版。当時の見る人は、それらを象徴のように即座に読んだ。

アマンの版を際立たせているのは尺度である。枠が紙のほぼ全体を占める。場面は中央へ押しやられ、縮む。枠の足もとにはハートがあり、その両側に OLFAC と TVS。これは感覚についての一枚であると同時に、装飾についての一枚でもある。

なぜもう一度見る価値があるのか

四百年後、この一枚は単純なことを示す。人はごく早くから匂いを描こうとし、その最初の方法はいつも身ぶりを描くことだった。花の香りを描ける者はいなかった。人々は、匂いを嗅ぐ誰かを描いた。

その身ぶりは今も見慣れたもの。花の上に身をかがめる。葉を鼻へ持ち上げる。少し目を閉じる。アマンはそれを、手のひらより小さな空間に、北方ルネサンスの結び目のような枠のなかに留める。

今日、それを装飾として見ることもできる。あるいは、もっとも描きにくい感覚である嗅覚が、目や耳と並んで、五つの組のなかに場所をもっていた証として。