エッセイ · 嗅覚アート

ヤン・エケルス(子)(Jan Ekels the Younger)。「Conversation Piece (The Sense of Smell)」。

Jan Ekels the Younger. Conversation Piece (The Sense of Smell).

部屋のなかで、ひとりで嗅ぐ者はいない。

ヤン・エケルス(子)「Conversation Piece (The Sense of Smell)」:暗い部屋、緑の布をかけたテーブルを囲む三人。ひとりはパイプを持つ

The Metropolitan Museum of Art、Mr. and Mrs. Bertram L. Podell 寄贈、1981年(オープンアクセス、パブリックドメイン) · The Metropolitan Museum of Art



三人、ひとつのテーブル

暗い部屋、板張りの壁、左上に垂れる深い緑のカーテン。光は中央に集まり、緑の布が床まで落ちるテーブルを照らす。

そのまわりに三人。左には、赤褐色の長い上着を着て、髪粉をつけた髪を後ろで結んだ男が身を乗り出している。指を鼻へ持ち上げ、もう一方の手は話の途中のように差し出されている。中央には、白い細縞のドレスに白い帽子の若い女が座り、赤ワインのグラスを持って赤い服の男のほうを見ている。足の下には、足を載せる小さな木箱。

右、テーブルの向こうには、黒い帽子と暗い色の上着の男がもうひとり立ち、長いパイプを手にしている。火をつけているのか、一服吸い込んでいるのか。テーブルの上には瓶、グラス、皿。

ほかの物も散らばっている。左の床には黒い帽子、右の床には杖、椅子の背には青い外套。絨毯には丸い模様。すべてが、夜の途中で置かれたばかりのように見える。

若くして死んだアムステルダムの画家

ヤン・エケルス(子)は1759年にアムステルダムに生まれ、1793年に同地で没した。三十五歳にもならなかった。父のヤン・エケルス(父)も画家で、そのため「子」と呼ばれる。

描いたのは主に風俗画。室内、読む人、書く人、素描する人、煙草を吸う人。その手法は十七世紀オランダ黄金時代を振り返る。静かな部屋、斜めに差す光、丁寧に描かれた物。よく知られた作品のひとつは、机で書きものをする男を描いたもので、1784年の作。

メトロポリタン美術館によれば、「Conversation Piece」はおそらく1791年に描かれ、五感を描いた五点の連作のひとつであることはほぼ確実で、そのうち四点が現在知られている。油彩、カンヴァス、約65.7×59.7 cm。1981年に Mr. and Mrs. Bertram L. Podell から寄贈された。

括弧のなかの言葉「The Sense of Smell(嗅覚)」が、ありふれた会話を寓意に変える。その言葉がなければ、見えるのは三人とテーブル。あれば、細部のすべてが読み直されはじめる。

五感が家に帰る

エケルスより二世紀前、五感は寓意の人物に属していた。象徴を手にした美しい女たち。十七世紀になると、オランダの画家たちはこの主題を酒場や家のなかへ移した。パイプを吸う農民、ビールを飲む兵士。

エケルスはさらに一歩進め、十八世紀末のアムステルダム中産階級の客間へと持ち込む。人物は身なりがよく、部屋には絨毯、カーテン、布張りの椅子がある。嗅覚はもはや見る者に差し出された一輪の花ではない。客を迎えた夜の空気に漂うものだ。

ここにある香りは日常のもの。タバコの煙、グラスのワイン、赤い服の男がひとつまみを鼻へ運んでいるのなら嗅ぎタバコ。あるいは煙から鼻をかばっているのかもしれない。絵は語らない。その曖昧さが絵を生かしつづける。場面から目を閉じることはできても、息を止めつづけることはできない。煙と部屋を分かち合う者は、好むと好まざるとにかかわらず、煙を嗅ぐ。

これは、マウリッツハイス美術館の展覧会「Fleeting」が来場者にふたたび嗅がせた、十七世紀オランダの都市の悪臭とは遠い。ここではすべてが室内に片づけられている。それでも空気は分かち合われている。そして香りは、いつものように、部屋の隅々まで届く。