エッセイ · デザインとしてのファッション
「Tenue correcte exigée, quand le vêtement fait scandale」
Tenue correcte exigée, quand le vêtement fait scandale.
スキャンダルは、誰も書き留めなかった規則をあらわにする。
Musée des Arts Décoratifs (MAD Paris) · Musée des Arts Décoratifs (MAD Paris)
リヴォリ通りの四百点
「Tenue correcte exigée, quand le vêtement fait scandale」は、パリ、リヴォリ通り107番地の装飾芸術美術館で、2016年12月1日から2017年4月23日まで開かれた。題はレストランやクラブの入口で見かける一句から借りている。「服装規定あり」。後半は主題を名指す。服がスキャンダルになるとき。
展示は400点を超えた。服や装身具だけでなく、肖像画、風刺画、物。スキャンダルは衣服のなかに住んでいない。他人の目のなかに住んでいる。そしてその目が最もはっきり記録されるのが風刺画だ。
キュレーターはドニ・ブリュナ。展示空間はデザイナーのコンスタンス・ギセが手がけた。
展示は三部構成だった。第一部はドレスコード。聖書の時代から、今日のテレビの変身番組まで。第二部の問いは「女の子か、男の子か」。性別の線を越える衣装箪笥について。第三部は挑発的な過剰。短すぎる、広すぎる、透けすぎる。
ズボンとスカート
最も記憶に残るのは、女性のズボンの話だ。パリでは1800年の規則が、許可なくズボンをはくことを女性に禁じていた。長く適用されないままだったが、正式に廃止されたのは2013年のこと。二世紀以上、一枚の紙が書類棚に眠り、そのあいだ女性たちはとうに通りでズボンをはいていた。
その裏返しが、男性のスカートだ。展示は、男性のためにデザインされたスカートを、女性のズボンの歴史の隣に置いた。逆向きの二つの動き。問いはひとつ。なぜ一枚の布が、ひとつの性に属するのか。
そして女性のタキシード。フランスでは le smoking と呼ぶ。ミニスカート、だぶだぶのズボン、ジーンズ。どれもかつて、どこかで、ある時点で、下品、不適切、受け入れがたいとされた。
展示に並ぶ名は世代をまたぐ。マレーネ・ディートリッヒ、ガブリエル・シャネル、エルザ・スキャパレリ、イヴ・サン=ローラン、ジャック・エステレル、マリー・クワント、アンドレ・クレージュ、ジャン=ポール・ゴルチエ、山本耀司、川久保玲、アレキサンダー・マックイーン、ジョン・ガリアーノ、リック・オウエンス。
モスリンの王妃、マオカラーの大臣
スキャンダルは通りからだけ来たのではない。宮廷からも来た。展示はローブ・ヴォラントを思い起こさせる。18世紀の、ゆったりと流れるガウン。かつてはくだけすぎると見なされた。
そして、軽いモスリンのドレスを着たマリー・アントワネットの肖像。1783年、エリザベート・ヴィジェ=ルブランが描いた。人々は王妃が下着のようなものを着ていると見た。反発は強く、絵は別の一枚に掛け替えられた。国で最も力をもつ女性でさえ、ドレスコードの外にはいなかった。
二世紀後の1985年、文化大臣ジャック・ラングは、ティエリー・ミュグレーのマオカラーのスーツで、ネクタイなしにフランス国民議会に入った。スーツは議論を呼んだ。露出が多いからでも短いからでもない。慣習を無視したからだ。議会の男性はネクタイを締める。
並べてみると、二つの話は、スキャンダルに決まったかたちがないことを示す。薄すぎる布でもありうるし、ただネクタイのない襟でもありうる。
見えない規則
展覧会は、あらゆるドレスコードが間違っているとは結論しない。そうした規範がつねに社会的で政治的だと示す。誰が、何を、どこで、いつ着てよいのか。それは権利と性別と階級の問いである。
かつてスキャンダルだった多くの物が、いまは日常着だ。女性のズボン、ジーンズ、ミニスカート。振り返れば、それが禁じられ、嘲られたとは信じがたい。その信じがたさこそが教えだ。今日の線も、あとから来る人の目には同じくらい奇妙に見えるだろう。
Penta はガブリエル・シャネルについて書いたことがある。この展覧会にも名のある彼女は、男性のものだった物を女性の衣装箪笥に持ち込んだ。そのたびに、線がひとつ動いた。