エッセイ · 近代美術

マルク・シャガール「Paris through the Window」

Marc Chagall. Paris through the Window.

ひとつの窓、ふたつの場所。

マルク・シャガール「Paris through the Window」:色とりどりの窓の前の、青いふたつの顔の男と人の顔をした猫。その向こうにエッフェル塔と落下傘の人物

Solomon R. Guggenheim Museum · Solomon R. Guggenheim Museum



街に面した部屋

「Paris through the Window」はほぼ正方形の油彩画で、高さ約136センチ、幅は142センチ近い。マルク・シャガールが1913年にパリで描いた。現在はニューヨークのグッゲンハイム美術館、ソロモン・R・グッゲンハイム創設コレクションに属する。

前景でふたつの人物が向き合う。右には、ふたつの顔がそれぞれ別の方を向いた青い人の頭。左には、窓台に座る人の顔をした猫。猫の横には八枚のガラスの窓があり、枠は下の赤から黄、緑、そして青へと移っていく。

窓の向こうにはパリがある。建物は細いプラム色の線で描かれ、窓や屋根はわずかなタッチで示される。エッフェル塔は右端を駆けのぼり、あまりに高くて先端がカンヴァスからはみ出している。淡いアイボリーの帯が画面を斜めに横切り、触れるものに当たるスポットライトのようだ。

じっとしていないものたち

長く見ていると、絵は奇妙になっていく。塔の足もとには小さな人物がふたり。杖を持つスーツの男とドレスの女が、重力が回転したかのように横向きに立っている。上のほうでは、三角形の落下傘を持った人物が空に浮かぶ。その背後を、青から白、赤へと移る光の帯が走る。

下のガラスでは汽車が逆さまに走る。その煙は地面へ向かって吐き出される。ふたつの顔の男は小さな紫の花を口にくわえ、胸もとには青い手が置かれ、その掌には黄土色の心臓がある。

絵具は薄められ、軽く置かれている。木炭の下描きがまだ透けて見える。椅子の背には、彼の名前と1913年という年が、家具の一部であるかのように書かれている。

落下傘の人物は、実際の出来事を指しているのかもしれない。グッゲンハイムによれば、最初の落下傘降下の成功は1912年、この絵の一年前だった。当時のパリは新しいものの街だった。鉄の塔、汽車、落下傘、飛行機。シャガールはそれらすべてを、窓からのひとつの眺めのなかに置いた。

ヴィテプスクからパリへ

シャガールは1887年、ロシア帝国の町ヴィテプスクのユダヤ人共同体に生まれた。1910年、画家になるためパリへ移り、その作品は急速に変わった。パリの空で重なり合う透明な色面は、エッフェル塔を何度も描いたロベール・ドローネーから学んだものを示している。ふたりにとって塔はパリを表し、おそらくは近代そのものを表していた。

それでもシャガールは故郷を置き去りにしなかった。このカンヴァスは、一年前に描いた自画像のなかの窓の眺めを拡大したものだ。その自画像で彼は、生まれた土地をパリと向き合わせていた。ふたつの顔の男は、しばしば画家自身と読まれる。ひとつの顔は西のフランスへ、もうひとつは東のロシアへ。

シャガールはそうした字義どおりの読みを嫌った。絵を謎解きではなく詩として受けとってほしかった。タイトルは友人の詩人ブレーズ・サンドラールがつけた。サンドラールとギヨーム・アポリネールはパリ時代の詩人の友で、彼らの詩もまた、語る以上のものをほのめかした。

敷居としての窓

シャガールはしばしば人物をふたつの世界のあいだに置いた。内と外、過去と現在、夢とうつつ。「Paris through the Window」はそれを、ごくありふれた物でおこなう。窓である。

ここでの窓は透明ではない。色があり、枠があり、仕切りがある。外を見せ、同時に私たちが内側にいることを思い出させる。その後ろに座る者は、あいだにいる人だ。着いたが、まだ属しきってはいない。

2024年、グッゲンハイムはこの絵を、オルフィスムをめぐる大規模な展覧会のなかで、ドローネーの赤いエッフェル塔の近くに置いた。一世紀以上たっても、ふたりの画家はそれぞれ自分の窓から、同じ塔を見ている。