エッセイ · 現代アート
リクリット・ティラヴァーニャ「untitled (he promised)」。
Rirkrit Tiravanija. untitled (he promised).
家は、誰かが中にいるときにだけ完成する。
Solomon R. Guggenheim Museum · Solomon R. Guggenheim Museum
ウェストハリウッドの家、金属でつくり直す
1922年、建築家ルドルフ・M・シンドラーは、ウェストハリウッドのキングス・ロードに自邸を建てた。その家は開かれた間取りで知られるようになる。部屋から部屋へと流れ、内と庭の境はほとんどない。木、コンクリート、ガラス。共に暮らすために設計された場所。
80年後、リクリット・ティラヴァーニャはその家を型として用いた。木とコンクリートで建て直したのではない。ステンレス鋼とクロムめっきの鋼に置き換えた。グッゲンハイムによれば、作品は高さ約2.9メートル、長さ12メートル、奥行き6メートル。金属の枠、座席、生きた植物からなり、定期的に公開プログラムが行われる。
題は小文字で書かれる。untitled 2002 (he promised)。括弧の中だけが物語の手がかりで、それも約束があったことしか告げない。
作品はニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館に所蔵されている。
料理をする作家
ティラヴァーニャは1990年代初め、ごく単純な身ぶりで知られるようになった。ギャラリーで料理をし、訪れた人を食事に招く。壁に掛けるものは何もない。コンロと鍋と器、そして隣り合って座る見知らぬ人たちだけ。彼より前に、フルクサスの作家たちは食べ物の支度を作品にしていた。観客の前で和えられるサラダのように。グッゲンハイムは、彼が伝統的な美術品を脇に置き、鑑賞者を中心に据えたと記す。
ブエノスアイレスで、タイの外交官の息子として生まれ、タイ、エチオピア、カナダで育った。移り続ける暮らしが、彼の仕事の形をつくる。どの作品も、建てられる場所と集まる人によって変わる。同じ考えが、別の街では別の夜になる。
1998年から、彼は他の作家たちとタイのサンパトーンで「The Land」を始めた。米を育て、家を建て、太陽光発電を試す土地。そこでの芸術は、眺める物よりも、暮らし方に近い。
グッゲンハイムは彼の作品を、ヨーゼフ・ボイスの社会彫刻の系譜に置く。社会そのものを、形づくることのできる素材とみなす考えだ。ティラヴァーニャにとって、その素材は小さなやりとり。ひとつの鍋から食べること。一本の長いベンチを分け合うこと。
木のかわりにクロム
なぜ磨かれた金属なのか。グッゲンハイムは、反射する表面が現実の多面的な像をつくるというティラヴァーニャの言葉を引く。中にいる人は、クロムに映る自分を見る。歪み、増えていく姿。ひとつの食事が、いくつもの食事になる。ひとつの会話が、いくつもの角度から同時に現れる。
設置されると、枠はあらゆる活動の舞台になる。DJ、映画の上映、討論、子どものためのワークショップ。どれも固定されていない。作品は、使う人が持ち込むものをそのまま受け入れる。
1997年、ティラヴァーニャはフィリップ・ジョンソンのグラス・ハウスで似たことを試みている。MoMA の彫刻庭園に、子どもの背丈ほどの版を建てたのだ。写真に撮られ、称賛されるばかりの近代建築の手本の家を、彼は日々の使用へと返す。
2004年、ティラヴァーニャはグッゲンハイムが授けるヒューゴ・ボス賞を受けた。同じ年、美術館はこの作品を収蔵した。
住む人を必要とする作品
空っぽの「he promised」の前に立てば、見えるのは金属の枠、数脚の椅子、いくつかの植物。謎はない。解読すべきものもない。作品はほとんど黙っている。
誰かが来て、はじめて語りはじめる。食べ物を持ってくる人。絵を描く子どもたち。映画の夜、スクリーンの光がクロムを伝って流れる。皆が帰れば、家はまた待つことに戻る。
美術館にとって、これは難しい問いだ。いちばん大切な部分がもう終わった集まりである作品を、どう保存するのか。美術館は鋼を保存できる。会話も、料理の匂いも、笑い声も、誰にも保存できない。それらはそこにいた人の中にだけある。
題にある約束とは、そのことかもしれない。家は残ると約束する。あとは誰が来るかによる。