エッセイ · 嗅覚アート

アリソン・ノウルズ。「Proposition #2: Make a Salad」。

Alison Knowles. Proposition #2: Make a Salad.

紙の上の三語、部屋の中の一鉢の青菜。

アリソン・ノウルズ「Proposition #2: Make a Salad」。ロンドンICAで、観客のためにサラダの皿を持つ作家


三語のスコア

アリソン・ノウルズ(Alison Knowles)のスコアは、ただ一つの指示。Make a salad(サラダを作れ)。演者の人数も、時間も、レシピもない。この一行を読んだ人なら誰でも上演できる。

ノウルズはこれを最初のスコアと呼んだ。フルクサスにおいて、こうしたテキストはイベント・スコアと呼ばれる。短い指示、ときには一行だけで、日常の行為をパフォーマンスに変えるもの。音楽はもう五線譜にはない。行為の中にある。

発想は単純に聞こえる。けれど、芸術家の立ち位置を変える。書き手はもう細部を支配しない。どの青菜か、どの器か、どの部屋か、誰が食べるか。上演ごとに、それぞれが決める。

この指示の強さは、技能を求めないこと。楽譜を読める必要も、演技する必要もない。台所に立ったことのある人なら誰でも、知らずにこのスコアを何百回も上演している。ノウルズが変えたのは枠だけ。その作業を観客のいる部屋に持ち込み、コンサートを見るように見てほしいと求めた。

1962年10月21日の夜

ノウルズは1962年10月21日、ロンドンの現代アート研究所(Institute of Contemporary Arts)で「Make a Salad」を初演した。その夜は、フルクサス初のヨーロッパ・コンサートツアーと結びついていた。若い芸術家たちが、行為でできたスコアを携えて都市から都市へ移動していた頃。

身軽な旅で、手元にはほとんど何もなかった。部屋じゅうの人のためにサラダを混ぜるため、彼女は老舗の英国食品会社 Crosse & Blackwell からピクルスの樽を借りた。樽がボウルになった。

彼女は新鮮な材料で大きなグリーンサラダを作り、皿を観客のもとへ運んだ。その夜の白黒写真がいまゲッティ研究所にある。見守る人々のなか、右から二人目に、皿を持つノウルズが写っている。

リズムに合わせて刻み、宙に放る

再演を重ねるうちに、「Make a Salad」はおなじみの形をとるようになった。生演奏がある。ノウルズと共演者たちは、そのリズムに合わせて野菜を刻む。まな板の上の包丁も音の一部になる。それから青菜が宙に放られて混ぜられ、サラダはその場の全員にふるまわれる。

2008年、この作品はロンドンのテート・モダンで上演された。ノウルズは娘のジェシカ・ヒギンズ(Jessica Higgins)と並んで、生演奏に合わせて刻んだ。

2012年4月22日、「Make a Salad」はニューヨークのハイライン、チェルシー・マーケット・パッセージにやって来た。約千人分の青菜。レタス、ニンジン、キュウリ、タマネギ、セロリ、キノコ。サラダはパッセージの上の階から下の階へ放られ、下に立つ人々にふるまわれた。

最初の夜から半世紀。スコアはまだ三語のままだった。大きくなったのはボウルだけ。

ありふれた行為の匂い

「Make a Salad」はふつう、音と分かち合いの作品として語られる。けれど匂いの作品でもある。刻みたての青菜には特有の匂いがある。青く、湿り、少し鋭い。閉じた部屋で何百枚もの葉が一度に刻まれれば、その匂いは無視できなくなる。

その匂いは何ひとつ設計されていない。刻むという作業から生まれる。サラダが食べられれば消える。どの美術館もそれを収蔵できない。残るのは写真と三語のスコアだけ。

もう一つある。刻んだ青菜の匂いは二度と同じにならない。1962年のロンドンは2012年のニューヨークではない。季節も、空気も、人々も違う。スコアは変わらない。匂いは毎回変わる。

こう見ると、「Make a Salad」は、食事を芸術に持ち込んだ同時代のほかの作家たちの近くに立つ。レストランと、食卓を糊で固めた作品で知られるダニエル・スペーリのように。けれどノウルズは何も残さなかった。作品を食べさせた。