エッセイ · 嗅覚アート
ダニエル・スペーリ(Daniel Spoerri)「Restaurant Spoerri」
Daniel Spoerri. Restaurant Spoerri.
食事は終わった。テーブルが残る。
Apollo Magazine; © Daniel Spoerri / ADAGP · Apollo Magazine
ひとつの瞬間を貼りつける
ダニエル・スペーリが物を面に貼りつけはじめたのは1960年。同じ年、パリでヌーヴォー・レアリスムの創設メンバーのひとりとなった。近代の暮らしの本物の物を、描くのではなく、そのまま芸術に持ち込もうとした作家たちのグループだ。
方法は単純だった。食事のあと、テーブルに残ったものをすべて取っておく。汚れた皿、使ったナプキン、空き瓶、コーヒーカップ、灰皿。それらを置かれていたとおりの場所で天板に貼りつける。そして天板を縦に起こし、絵のように壁に掛けた。
彼はそれを tableaux pièges、罠の絵と呼んだ。捕らえられているのは物ではない。ひとつの瞬間だ。人々が食べ終えて立ち上がるときに残していく、偶然の配置。
壁に掛けられたテーブルは、目の高さで正面から向き合う。食べる人なら見下ろしていたはずのものだ。そのずれは、見過ごされていたものをもう一度見えるようにするのに、ちょうどいいだけ奇妙だ。
Galerie J からブルク広場へ
1963年、スペーリはパリの Galerie J を二週間だけレストランに変えた。給仕をしたのは美術批評家たち。毎晩およそ30人分の料理が出され、毎晩ひとつのテーブルが罠の絵として貼りつけられた。
1968年、彼はスイスのレストラン経営者カルロ・シュレーター(Carlo Schröter)とともに、デュッセルドルフ旧市街のブルク広場に Restaurant Spoerri を開いた。店は1972年まで続いた。スペーリ自身が料理をし、メニューにはほとんど誰も食べないものが並んだ。ガラガラヘビ、象の鼻。この店は、食べられるけれどふだんは食べないものなら何でも出す、と彼は言った。
客は1,000ドイツマルクで、自分のテーブルを罠の絵にしてもらうことができた。けれどスペーリは、残すテーブルを偶然に選ぶこともよくあった。
1970年、レストランの上の階に Eat Art Gallery を開いた。食べ物からつくられた作品を展示した。スペーリのほか、ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)やディーター・ロート(Dieter Roth)をはじめ多くの作家のものだ。
Eat Art:素材としての「食べる」
Eat Art は、食べることを素材とする芸術にスペーリがつけた名だ。果物を描くのではない。料理し、出し、食べ、残ったものを取っておく。食べ物は何かを表すのではない。それ自身だ。
これらの作品から匂いは切り離せない。店の空気には、焼ける肉、ワイン、タバコの煙が濃く満ちていた。罠の絵の上では、パンの耳や屑が最初の数日はまだ匂い、やがて乾き、薄れた。作家が手を加えなくても、作品は時とともに匂いを変える。
ここに、罠の絵と古典的な静物画との違いがある。描かれた果物は永遠に熟れたままだ。罠の絵は、のっている本物の食べ物とともに老いていく。1970年の観客と今日の観客は、同じものを見ていないし、同じ匂いも嗅いでいない。
のちにもスペーリは、さまざまなかたちで食べ物と取り組み続けた。1982年には「Mythology & Meatballs」を出版した。1980年代には、仲間の作家たちから手書きの臓物料理のレシピを集めた。
なぜテーブルはいまも見る価値があるのか
2021年、クンストフォーラム・ウィーン(Kunstforum Wien)はスペーリの大規模な回顧展を開き、多くの罠の絵を並べて掛けた。並べて見ると、1960年代と1970年代のさまざまな夜が見えてくる。グラスが多い夜、少ない夜。灰皿がいっぱいの夜、半分の夜。皿がきれいな夜、食べかけの夜。
どのテーブルも、人々がどのように一緒に座っていたかの記録だ。誰も描かれていない。残したものを通してだけ、そこにいる。
同じ頃ロンドンでは、アリソン・ノウルズが観客のためにサラダをつくり、作品を食べさせた。スペーリは逆だった。食事を過ぎ去らせ、その抜け殻を残した。同じ行為への二つの視点。ひとつは食べる瞬間を、もうひとつはその直後の瞬間を選ぶ。