エッセイ · 現代アート
マリオ・メルツ(Mario Merz)。「Igloo, Do We Go Around Houses, or Do Houses Go Around Us?」。
Mario Merz. Igloo, Do We Go Around Houses, or Do Houses Go Around Us?
家とは、私たちが内に携えているもの。
Tate · Tate
スレート、割れたガラス、ライトボックス
作品は半球形の鋼のドームで、その上に六十五枚のスレート板が頂から螺旋を描いて下り、G型クランプとパテで留められている。イグルーのかたちをしている。
ドームを横切って、ずっと長いもうひとつの鋼の枠がある。そこには七十四枚の割れたガラス板が立てて並べられ、これもパテで留められている。この列の端にはライトボックスがあり、ガラスのトンネルを通してイグルーのなかへ電灯の光を送る。
ガラスの縁は鋭く、不揃いだ。多くの板は埃をかぶり、テープが貼られ、パテで汚れている。メルツの意向により、ガラスは拭ってはならない。光は汚れのなかを苦労して進み、進むにつれてやわらぎ、最初の板と最後の板のあいだの長い距離を見えるものにする。
作品全体は長さ十メートル以上、高さはほぼ二・七メートル。テートは1990年にこれを購入した。
つくり直された作品
作品には二つの年が記されている。1977年、1985年再制作。1985年版は、ごく長い題をもつ1977年のイグルーを改作したもので、その題はおおよそ「Igloo, paving stones and broken glass from the destroyed house reactivated by art in a gallery, in a museum」(イグルー、ギャラリーのなかで、美術館のなかで、芸術によってふたたび活性化された、壊された家の敷石と割れたガラス)。
1977年、鋼の枠はスレートとガラスの両方で覆われていた。1985年、両者は分けられた。スレートはドームに、ガラスはトンネルに。以前の題は、廃墟となった家の素材が芸術によって生き返ることを示唆している。テートによれば、素材の一部は実際に再利用されたものだが、それが本当に壊された家から来たという証拠はない。
古い作品の考えや素材を新しい作品へ持ち込むのは、メルツらしいやり方だ。それは反復ではなく、更新である。家もそうだ。修繕され、建て直され、住まわれ、引き払われる。
1968年からのイグルー
マリオ・メルツ(1925年生まれ、2003年没)は、アルテ・ポーヴェラの中心人物だった。消費社会に抗い、あえてつましい素材を選んだイタリアの動向である。土、石、枝、布、ヤニス・クネリスの生きた馬まで。
メルツは1968年、イタリアとフランスの学生と労働者の抗議運動のさなかに、イグルーをつくりはじめた。初期のものにはスローガンが掲げられ、抗議する人々の理想とじかに結びついていた。その後彼は、より大きく複雑な何十ものヴァージョンをつくった。金属、ガラス、スレート、布、土、ネオン、木、パテ、果物、蝋、そして一度はアンテロープの頭まで。
1971年、メルツはイグルーを理想的な有機的形態と呼んだ。ひとつの世界であると同時に、小さな家でもある、と。彼はその基本の像を自分のなかに携えていると言い、それと格闘することをやめなかった。
私たちが家のまわりをめぐるのか、家が私たちのまわりをめぐるのか
題は、メルツがかつて投げかけた問いだ。空間はまっすぐなのか、曲がっているのか。家が私たちのまわりを動くのか、私たちが家のまわりを動くのか。家をつくるとは、どういうことか。
イグルーは最も古い住まいのかたちのひとつだ。移動のための、すばやく建てられ、手近なものでつくられ、発つときに置いていかれる住まい。メルツはそれをギャラリーに置き、訪れる人はそのまわりを歩く。すると題の問いがはたらきはじめる。見る人は家のまわりを歩いている。けれどもその家はひとつの世界の像でもあり、空のようなドームは、外に立つ人さえも包み込む。
美術史家ズデニェク・フェリックスは、メルツのイグルーを、人類の最も古い建築形式のひとつの痕跡、心のなかの避難所、出会いの場、そして宇宙の古い姿と評した。
スレートは重く冷たい。ガラスは割れて鋭い。光は弱い。ここには快適さを約束するものは何もない。それでもそのかたち、閉じたドームは、なお避難所を語る。メルツが留めたかったのはそれかもしれない。家は、家であるために美しくある必要はない。誰かを包みさえすればいい。