エッセイ · 近代美術
ピーノ・パスカーリ(Pino Pascali)。「Trappola」。
Pino Pascali. Trappola.
台所でいちばん安い物が、罠になりうる。
Tate · Tate
天井から吊るされた網
「Trappola」、英語で「Trap」は、ピーノ・パスカーリが1968年に作った作品である。テートが記す素材はひとつだけ。スチールウール。
設置すると、高さ約四メートル、幅二メートル半、奥行き二メートルになる。細いケーブルで天井から吊るされる。上部は縄のようによじれた長い茎。その下でふくらんで鐘の形になり、床の上に大きな網の輪となってゆるく広がる。
近くで見ると、網の目は太いスチールウールの束を撚って紐にしたもので、曲がりながら互いにつながっている。色は暗い茶色で、鈍く、毛皮のようにわずかにざらつく。金属に期待するような輝きはどこにもない。
その形は、いくつものものを同時に思わせる。漁網。伏せた籠。床に触れる長いドレス。何かが這い込むのを待つ罠。
台所の素材
1960年代、スチールウールはほかの国と同じく、イタリアのほとんどの台所にあった。人々はそれで鍋をこすり、ぼろぼろになると新しいものを取った。安く、大量生産され、誰の目にも留まらなかった。
パスカーリが選んだのは、まさにその目に留まらないものだった。ブロンズを鋳造することも、石を彫ることもしなかった。ありふれた素材をまとめて買い、その用途とはまったく違う形を与えた。
目を引くのは、素材が隠されていないことだ。スチールウールをひとつでも手にしたことのある人なら、その繊維も、絡まりも、鈍い色も、すぐにわかる。作品は台所を忘れるよう求めない。台所と巨大な罠を、ひとつの物のなかに同居させる。
同じ頃、パスカーリは安い工業素材でほかの作品も作っていた。合成繊維のブラシでできた毛虫のような生き物など。彼は、子どもがおもちゃを見るように素材を見た。それが何になりうるかを見るために。
1968年
パスカーリは、アルテ・ポーヴェラに結びつけられる芸術家のひとりである。批評家ジェルマーノ・チェラントが1967年から、貧しい素材で制作するイタリアの芸術家たちに与えた名だ。土、枝、布、石、市場価値のない物。同じ世代には、ガラスと石と土でイグルーを築いたマリオ・メルツもいた。
だがパスカーリには自分の声があった。作品はより軽く、より遊び心がある。水を張ったトレイで海を作り、木枠に帆布を張って動物を作り、廃材で武器を作った。彼の仕事ぶりには、どこか遊びのようなところがある。
「Trappola」は1968年、パスカーリの最後の年に作られた。その年の九月、彼はローマでのオートバイ事故のあと、32歳で亡くなった。活動はわずか数年だったが、その短い期間の作品はいまも見られつづけている。
テートは2009年に「Trappola」を購入した。2011年にロンドンのカムデン・アーツ・センターで、2012年から2016年までテート・モダンで、2024年にミラノのプラダ財団で展示されている。
何も捕らえない罠
本物の罠には明確な目的がある。何かを捕らえるために作られる。「Trappola」は何も捕らえない。魚には大きすぎ、鳥には開きすぎ、獲物のいない部屋に吊るされている。
捕らえられるのは、見る人なのかもしれない。私たちは部屋に入り、自分の背より高い網を見て、そのまわりを歩き、網目からのぞき込み、何でできているのかを推し量る。スチールウールだと気づくと、微笑んで、もう一度見る。
作品は、大きなものと小さなもの、使い捨ての物と美術館の作品を入れ替える。スチールウールひとつは流しのそばで数週間しか生きない。「Trappola」は半世紀以上を生きてきた。
パスカーリは多くを説明しなかった。仕事は素材にまかせた。そして長く見つめられたその素材は、もう鍋をこするための物ではない。