エッセイ · 嗅覚アート
マクスウェル・ウィリアムズ(Maxwell Williams)「CNC Musk Factory」
Maxwell Williams. CNC Musk Factory.
鼻にはまぶたがない。
Olfactory Art Keller · Olfactory Art Keller
香りが罰になる展覧会
2022年の夏、7月7日から8月6日まで、マンハッタンのチャイナタウンにある嗅覚アート専門のギャラリー Olfactory Art Keller が「CNC Musk Factory」を開いた。マクスウェル・ウィリアムズにとって、ニューヨークで初めての個展だった。
プレス文は率直だ。ここでは香りが罰である。BDSM の彫刻とパフォーマンスを通して、そして官能的な同意を通して。テーマの一覧も同じく率直だ。拘束、ポルノグラフィ、鎖の匂い、悪臭物質の匂い、権力の匂い、服従の匂い。
厳しく聞こえる。けれど丁寧に読むと、この展覧会は残酷さについてのものではない。規則についてのものだ。BDSM では、すべてが合意から始まる。ウィリアムズはその構造を借りて、人間のなかでもっとも意見を聞かれることの少ない感覚について問う。
人工皮革、ガラス、晒し台
壁の主な作品は、2022年のシリーズ「Constraint forever」。一点はおよそ24×24インチ。人工皮革、ガラス、香りでできている。香りをつけた八枚の革片が、標本のように額に入って掛かる。来場者は絵画の前のようにその前に立つ。けれど最初に届くのは像ではない。匂いだ。
タイトルの forever は飾りではない。革は恒久的に香りづけされている。洗って落とすことはできない。拘束は素材の内側に棲む。
壁にあるもうひとつの革の作品「Soul」を、ウィリアムズはジミー・カミシア(Jimmy Camicia)とマーシャ・P・ジョンソン(Marsha P. Johnson)に捧げている。ニューヨークのクィア・コミュニティの歴史に結びつくふたりだ。そして部屋では、来場者が香りつきの石鹸を自由に持ち帰ることができた。菓子の山や紙の束を観客に持ち帰らせることで知られる美術家、フェリックス・ゴンザレス=トレス(Félix González-Torres)に捧げられた身振りだ。
部屋の中央には、もっと大きなものが立つ。晒し台。かつて広場で罰を受ける者の頭と手を挟んだ古い器具だ。この晒し台には匂いがある。
匂いによる赦し
オープニングで、ウィリアムズは「Consent is sexy」を演じた。正式なタイトルには四つの身体の匂いが並び、何ひとつ和らげられていない。プレス文はこれを、香りと恥を結ぶパフォーマンス、赦しの儀式と呼ぶ。
招待客は自ら進んで晒し台に頭を入れた。そこに留められ、鼻は人がふだんもっとも隠したがる匂いに向き合う。文章の言葉を借りれば、恥ずかしい身体の瞬間に、合意のうえで拘束されながら、マゾヒスティックな服従を通して向き合った。
ウィリアムズは BDSM の語彙から引いた問いを添える。服従する者は、それでも下から導くことができるのか。この問いは、権力についての私たちの像をひっくり返す。晒し台のなかの人はすべてを失ったわけではない。はいと言ったのはその人であり、やめてと言うこともできる。
鼻と同意
「CNC Musk Factory」が記憶に残るのは、正しい感覚を選んでいるからだ。目は閉じられる。手は引っ込められる。耳は塞げる。けれど、長く息を止めてはいられない。望もうと望むまいと、匂いはいつも入ってくる。
だから日々の暮らしで、鼻に意見が求められることはめったにない。排気ガス、エレベーターで乗り合わせた見知らぬ人の香水、ある部屋の匂い。私たちは何にも署名せずに、そのすべてを受け取る。
ウィリアムズは、鼻がめずらしく先に尋ねられる空間をつくる。匂いは相変わらず不快だ。けれど、それは「はい」のあとにやってくる。その違いは小さい。そして、それが作品のすべてだ。
同じ2022年の後半、ロサンゼルスでウィリアムズは「Anosmiac!」で別の方向へ進んだ。そこでは鼻が悪役の超能力になる。「CNC Musk Factory」の鼻には、まだ力がない。あるのは、はいかいいえを言う権利だけだ。