エッセイ · 嗅覚アート

ミリツァ・ゼツ(Milica Zec)、ウィンズロー・ポーター(Winslow Porter)。「Tree VR」。

Milica Zec, Winslow Porter. Tree VR.

木はどこへも行かない。とどまり、すべてを受けとめる。

ミリツァ・ゼツとウィンズロー・ポーター「Tree」。VRヘッドセットをつけ、枝のように腕を広げる鑑賞者

提供:アーティスト / Institute for Art and Olfaction · Tree(プロジェクト公式サイト)



種を植え、木になる

ヘッドセットをつける前に、鑑賞者は本物の種をひとつ植えるよう求められる。小さな動作、数秒のこと。それから画面が灯り、彼らはもう人間ではない。

はじめは熱帯雨林の地面を破って出る芽だ。腕は枝になる。体は幹になる。育ち、下層植生を抜け、林冠に届く。鳥が横切り、雨が降り、一日のうちに光が移ろう。鑑賞者はどこへも歩けない。木には脚がない。

一生がわずか数分に圧縮される。そして運命が来る。作品は穏やかな老いでは終わらない。木は倒れ、その場に立つ鑑賞者は体全体でそれを感じる。プロジェクトのサイトに引用されたある評は、倒れた木になった一人の女性が、泣きながらヘッドセットを外したことを伝えている。

「Tree」の監督はミリツァ・ゼツとウィンズロー・ポーター、制作は New Reality Company。2017年にサンダンス映画祭で初公開され、同じ年のうちにトライベッカ、カンヌ、バンクーバーの TED を巡った。

匂い、風、熱

像は半分にすぎない。残りの半分は、仮想現実がふつう見過ごす感覚に属している。プロジェクトの公式サイトによれば、「Tree」は振動、温度、扇風機の風、サラウンド音響、そして自動の香り放出システムを用いる。

香りは場面ごとに放たれる。木が芽のときは土、高く育てば森。香りの技術は OWidgets のエマヌエラ・マッジョーニによる。Art and Olfaction Awards のノミネートによれば、香りそのものは IFF の調香師ローラン・ル・ゲルネックがつくった。

なぜ匂いなのか。ヘッドセットの中の像がどれほど美しくても、距離は残る。目は自分が画面を見ていると知っている。匂いはその距離を渡らない。まっすぐ入ってくる。鼻が湿った土をとらえると、体は地面がそこにあるとただ信じる。

2020年、「Tree」は香りによる実験的な作品をたたえる Art and Olfaction Awards のサダキチ賞の最終候補に選ばれた。仮想現実の作品が香りのインスタレーションと並んで審査されたことは、ここでの匂いが副産物ではないことを示している。構造の一部なのだ。

映画祭からダボスへ

映画祭のあと、「Tree」は芸術作品が行くとはほとんど誰も思わない場所へ向かった。世界経済フォーラムはこれを2018年に天津、2019年と2020年にダボス、2019年にケープタウンの会合へ持ち込んだ。2019年の国連総会、そしてバーニングマンでも展示された。

プロジェクトはレインフォレスト・アライアンスと協働し、森は気候変動に対する人類のもっとも重要な防壁のひとつだというメッセージを掲げる。

「Tree」は啓発の作品として読むこともできる。だがその重みはメッセージにはない。森についてのメッセージは、報告書にも、ドキュメンタリーにも、統計にも、どこにでもある。「Tree」が違うのは、鑑賞者をまさに木のいる場所に、木は身をかわせないと知るのに十分なだけ長く置くことだ。

別の種と場所を入れ替える

芸術はふつう、鑑賞者を外に立たせて中を見させる。「Tree」はその逆をする。鑑賞者を主体にする。私たちは木を見るのではない。私たちが木であり、見ているのは森、雨、やがて来るものすべてだ。

その入れ替わりは、体が納得してはじめて成り立つ。だからほかの感覚が呼び込まれる。足もとの振動、顔にあたる風、熱、そして匂い。どれもが疑いを一枚ずつはがしていく。

木を中心にしたもうひとつの作品に、エルネスト・ネトのGaiaMotherTreeがある。来場者は布でできた木の形の中に入る。二つの作品は違う道をとる。ひとつは結ばれた紐を通して、ひとつは技術を通して。だが求めることは同じだ。自分が木の外に立っていることを忘れるほど、木に近づくこと。