エッセイ · 嗅覚アート

山形の香炉(Mountain-Shaped Incense Burner)。

Mountain-Shaped Incense Burner.

山は青銅。雲は煙。

漢代の青銅の香炉。透かしのある山の峰が円錐形の蓋をなす

The Art Institute of Chicago, Lucy Maud Buckingham Collection · The Art Institute of Chicago



高さ二十一センチの山

シカゴ美術館は、漢代の中国でつくられた青銅の香炉を所蔵している。美術館の年代はおよそ紀元前100年から紀元後100年。高さ21.3 cm、幅19.4 cm。卓の上では、取り分け用の鉢ほどの大きさだ。

下の部分は香を入れる器。上の部分は蓋で、要はこの蓋にある。平らでも滑らかでもない。重なり合う峰が次々と奥へ連なる円錐となって立ち上がり、そのあいだに小さな穴がある。美術館は銘文を記録していない。

この種の器はのちに博山炉(boshanlu)、博山の山形香炉、西洋の収集では hill censer と呼ばれた。名前は蓋だけを指す。器や脚や、中で燃えたものにちなんで名づける人はいない。名前は、人々がこれを山として覚えていたことを語っている。

記録によれば、ロンドンの美術商ジョン・スパークス(John Sparks)を経て、ケイト・スタージス・バッキンガム(Kate Sturges Buckingham)が1926年12月13日に購入し、同じ日に美術館へ寄贈した。1920年に亡くなった妹ルーシー・モード・バッキンガムの名を冠したコレクションに属する。ケイトは遺言執行者として、そこに加え続けた。

仙人の島々

美術館によれば、不死と遠い土地をめぐる漢代の信仰が、中国で最初期の立体的な風景を生んだ。そびえる峰の形をしたこの蓋は、仙人の領域とされる山深い蓬莱などの仙島と結びつけられる。

漢代には、不死の存在をめぐる神話や迷信や呪術が広まっていた。島々は物語のもので、地図のものではなかった。誰も見たことがない。人々はただ聞いていた。

香炉は見る方法を差し出した。島々を描くのではなく、卓の上に立つ一つの姿を組み立てる。そして最も大事な部分を煙に任せる。煙は穴から漂い出て、青銅の峰に巻きつく。美術館はその効果を、霧に包まれた楽園を思わせると述べている。

だからこの楽園は二つの素材でできている。青銅が形を与える。煙が空気を与える。どちらが欠けても、景色はない。

香りから生まれた風景

中国の山水といえば、ふつうは水墨画を思い浮かべる。雲から立ち上がる峰、岩を横切る白い霧の帯。この香炉はそうした絵よりはるかに古い。山と雲を並べたいという願いが早くからあったこと、そして最初は目と同じだけ鼻を通っていたことを示している。

見落としやすいことがひとつある。この香炉の雲は、二度と同じにならない。香により、部屋のすきま風により、扉が開いているかどうかによる。鋳造者は山を支配した。雲は支配できなかった。ただ、その場所を用意しただけだ。

1973年、この香炉はボストン美術館が刊行したヤン・フォンテイン(Jan Fontein)と呉同(Tung Wu)の「Unearthing China's Past」に載った。ページの上では煙も匂いもない写真である。今日ガラスの向こうにあるのも同じだ。見る人は裸の山を見て、雲を自分で足さなければならない。

韓国では、百済の金銅大香炉が同じ考えをはるかに先まで進め、峰には人物や動物がひしめいている。シカゴの香炉はもっと簡素だ。簡素だからこそ原理がはっきりする。透かしの蓋、少しの煙、そして数分間だけ現れる世界。