エッセイ · 嗅覚アート
鳥と葉と花をあしらった涙形の香水容器
Teardrop-shaped Perfume Container with Birds, Foliage, and Flowers.
ひとつの場所にとどまらない香り。
The Art Institute of Chicago、Dorothy Braude Edinburg より Harry B. and Bessie K. Braude Memorial Collection へ寄贈 · The Art Institute of Chicago
平たい金の一滴
シカゴ美術館は、宋代、つまり960年から1279年のあいだに中国でつくられた金の香料容器を所蔵している。美術館はそれ以上に年代を絞っていない。題名は、目に見えるもののほぼすべてを言い表している。鳥と葉と花の文様のある、涙形の容器。
寸法は長さ8.8 cm、幅6.2 cm、奥行き0.5 cm。奇妙なのは最後の数字だ。半センチ。ふつうの意味での箱ではない。葉のように平たい。内側の空間には、ごくわずかな量しか入らない。
美術館はこれを金工品や道具ではなく、装身具に分類している。その選択が使い方を物語る。部屋よりも身体に属する物だ。
2013年、マサチューセッツ州ブルックラインの Dorothy Braude Edinburg から、Harry B. and Bessie K. Braude Memorial Collection に寄贈されて美術館に入った。記録に解説文はなく、かつて何を収めていたかも語らない。
美術館の記録によれば素材は黄金で、三つの技法で加工されている。鍛造、打ち出し、彫金。一枚の金属の上を三度通る手の、三つの言葉。
鍛造は板を薄くし、かたちをつくる。打ち出しは裏から金属を押し出し、表に鳥や花を浮かび上がらせる。彫金は表から小さな道具で、線、羽、葉脈、花びらを刻む。
金がこれらの技法に向くのは、柔らかく延びやすいからだ。薄い板を押し、打ち、延ばしても割れない。柔らかいから、一打ちごとの跡が残る。容器の表面は、無数の小さな触れの積み重ねだ。
鳥、葉、花。宋代の装飾ではなじみの題材だ。香りの容器の上では、より近い意味を帯びる。花は匂うもの。鳥は花のあいだに生きる。金の上の図像は、なかにあったものについて語っているように見える。
身体に携える香り
宋代は、香が寺院を出て、知識人や富裕な人々の日々の暮らしに入っていった時代だった。香炉は机の上に、客間に、寝台のそばに置かれた。この金の容器は、香りをさらに一歩先へ運ぶ。部屋の外へ、通りを歩く一人の人の上へ。
Penta はここに、香りとともに生きるまったく異なる二つの方法を見る。香炉は場所の方法だ。部屋に入った人が香りに出会う。身体に着ける容器は個人の方法だ。香りはその人より先に届き、去ったあとも残り、十分に近い人だけが気づく。
平たく小さいから、わずかしか入らなかったはずだ。部屋を満たしはしない。宣言というより、ささやきに近い。
何世紀ものちの日本では、着物に香を焚きしめ、匂いを布に染み込ませて着る人とともに運んだ。初代柳川重信の、着物に香を焚きしめる図のように。二つの文化、二つの方法、ひとつの考え。香りは部屋だけでなく、身体の一部にもなりうる。
いま容器はガラスの向こうにあり、もう身に着けられることはない。収めていた香りはとうに消えた。残るのは、鳥と花のある平たい金の一滴と、記録が答えない問いだ。誰がこれを携え、どんな香りを、どの道に運んだのか。