エッセイ · 嗅覚アート

日本「源氏物語図香箱」。

Japan. Incense Box with Scene from The Tale of Genji.

すでに肌にある香り。答えのない問い。

噛み合う二枚の貝の形をした金銀蒔絵の香箱。『源氏物語』第42帖の場面と、雲のなかに金で書かれた歌が描かれている

The Metropolitan Museum of Art、Mrs. George A. Crocker (Elizabeth Masten) 寄贈、1937(Open Access、パブリックドメイン) · The Metropolitan Museum of Art



漆の二枚貝

ニューヨークのメトロポリタン美術館は、19世紀後半の日本で作られた香箱を所蔵している。長さ約13 cm、幅7 cm強、高さ約5 cm。1938年、ほかの多くの漆箱と同じく George A. Crocker 夫人の寄贈の一部として美術館に入った。

形は、噛み合う二枚の貝。美術館によれば、日本の貴族の貝合わせに使われた絵貝をかたどっている。よく似た多くの貝のなかから、同じ貝の二片を探し当てる遊びである。

表面には金銀の蒔絵の技法がいくつも使われている。盛り上げた高蒔絵、平らな平蒔絵、研ぎ出した研出蒔絵、そして金銀の切金。そこに『源氏物語』の一場面が描かれている。

第四十二帖、匂宮

場面は『源氏物語』第42帖「匂宮」、英語ではしばしば「香る皇子」と訳される巻に属する。この巻までに源氏は亡くなっている。物語は次の世代、二人の若者へと移る。

一人は薫。世間には源氏の子とされる。もう一人は源氏の孫、匂宮。二人は友であり、競い合う相手でもある。

物語のなかで二人を分けるのは香りである。薫は生まれつきの香りをもち、あまりに強いので、残り香で彼が通ったと人に知れるほど。匂宮にはその天分がない。彼は昼も夜も最上の香を衣に焚きしめ、友に並ぼうとする。二人の名はどちらも匂いを指す。薫は「香る」、匂は外へ漂い出る香りを表す言葉。

これほど香りを中心に据えた巻は、古典文学にもまれである。一人は内から香りをもち、もう一人は外から香りをまとう。選ばなかった香りと、選んだ香り。

金の雲のなかの歌

箱には、様式化された雲のあいだに、ごく細い金の線で歌が書かれている。美術館によれば、薫の詠んだ歌である。

薫は源氏の子として公に認められている。それでも自らの出生の事情を疑っている。歌は、誰に問えばよいのか、なぜ自分の始まりも終わりも知りえないのかを問う。読者は薫の知らないことを知っている。本当の父は別の人であり、その秘密は守られた。

この歌を香箱に置くのは、意図された選択である。香を取り出そうと箱を開ける者は、香りだけが確かに自分のものだと言える人物の問いを読むことになる。

貝の形が問いを深める。貝合わせで貝は真の対を表す。どの片にも、相手はただひとつ。薫は、自分自身の物語のもう半分を見つけられない人である。

ひとつの小さな物、三つの遊び

近くで見ると、この箱は貴族の三つのたしなみを結んでいる。形を通して貝合わせ。場面と歌を通して平安文学。そして用途を通して香。香りを「聞く」集いのために香を納める。

同じ所蔵品のなかに、『源氏物語』五冊の形を借りたもうひとつの香箱がある。あの箱は本を殻にする。この箱は、まさに香りの巻で本を開く。

Penta はここに、単純なことを見る。作り手は香りについて一行も書く必要がなかった。ひとつの巻、ひとりの人物、一首の歌を選べば足りた。あとは、箱を開ける者が自ら香りを聞く。