エッセイ · 近代美術
ピエト・モンドリアン(Piet Mondrian)。「Composition C (No.III) with Red, Yellow and Blue」。
Piet Mondrian. Composition C (No.III) with Red, Yellow and Blue.
小さな要素のひとつひとつが、絵全体を支えている。
キャンバスの上にあるもの
「Composition C (No.III) with Red, Yellow and Blue」は、ピエト・モンドリアンが1935年に描いたキャンバスの油彩画。画面はほぼ正方形で、約五十六×五十五センチ。
そこにあるのは、ごくわずかな種類の要素だけ。縦横に走る黒い線。そのあいだの白い面。そして赤、黄、青の三原色。絵画の通念では、ほかのすべての色はこの三色から混ぜてつくれる。
曲線はない。斜線もない。世界の何かの像もない。テートの解説は、これをモンドリアンの技法の明快な一例と呼ぶ。彼が生涯の作品を通じて用いた、簡潔な視覚言語。
題名さえ何も語らない。アルファベット一文字、ローマ数字、三つの色の名前。題名というより目録番号のように読める。観る人は物語へ導かれない。そこにあるものの前に置かれるだけだ。
木から直線へ
モンドリアンはオランダの画家で、最初から黒と白のグリッドを描いていたわけではない。若いころは故郷の風景を描いた。木、風車、畑、水。長い年月をかけて、物の像は単純になり、やがて消え、構造だけが残った。
1917年、彼はテオ・ファン・ドゥースブルフや芸術家、建築家のグループとともに「De Stijl」を創設した。オランダ語で「様式」を意味し、雑誌であり運動でもあった。モンドリアンは自らの道を新造形主義(Neo Plasticism)と呼んだ。水平と垂直の線、直角、三原色、そして白、黒、灰色に自らを限った。
制限は絵を描くことを易しくはしなかった。あらゆる決定を重くした。キャンバスにわずかな物しかないとき、線の太さ、色面の大きさ、縁からの距離、そのすべてが絵が立つか倒れるかを決める。
この作品を描いた1935年、モンドリアンはパリに住んでいた。数年後、戦争の前にロンドンへ、そしてニューヨークへ移り、そこで晩年を過ごした。
個と集団
テートはこの絵を、幾何学以上のものとして読む。要素の構造と秩序を通して、モンドリアンは社会の理想像を示唆した。それぞれの要素が全体の構成に寄与し、個と集団の関係を象徴している。
そう見れば、赤い面はひとりで立っているのではない。隣の白、それを止める黒い線、遠くでつり合いをとる黄があるから、意味をもつ。どの要素もほかより上ではない。それでも、ひとつを取り除けば、秩序全体が傾く。
それは楽観的な考えだった。ヨーロッパが衝突へと流されていく年月のなかで生まれた。モンドリアンは世界をあるがままには描かなかった。可能だと信じた秩序を描いた。
貸し出された絵
この絵はテートの所蔵ではない。個人コレクションから来たもので、1981年から美術館に貸し出されている。四十年以上にわたってテートのもとにあり、人々はその前に立つことができる。
モンドリアンは、番号と文字をふった「Composition」という題の作品を、同じ要素でいくつも描いた。言語は共有しているが、同じ配置のものは二つとない。別の作品Tableau 2は、同じシステムが異なる均衡へと開かれうることを示している。
「Composition C」の前で際立つのは、単純さではない。幾何学なら誰にでも描ける。際立つのは、すべてが長い時間をかけて量られてきたという感覚だ。黒い線が少し長く、色面が少し大きければ、別の絵になる。静けさは、無数の小さな決定の総和だ。