エッセイ · 近代美術

ピート・モンドリアン(Piet Mondrian)。「Tableau 2」。

Piet Mondrian. Tableau 2.

均衡は、均等と同じではない。

ピート・モンドリアン「Tableau 2」。ほぼ正方形のカンヴァスに黒い水平線と垂直線の格子があり、赤、黄、青、灰、白の色面を分けている

Solomon R. Guggenheim Museum · Solomon R. Guggenheim Museum



ほぼ正方形のカンヴァス

「Tableau 2」は小さな油彩画で、高さ約56センチ、幅53センチ。ほぼ正方形だが、正方形ではない。ピート・モンドリアンが1922年、パリで描いた。現在はニューヨークのグッゲンハイム美術館が所蔵している。

カンヴァスには黒い線の格子がある。水平線と垂直線だけで、直角に交わる。線は画面を色面に分ける。いくつかは赤、黄、青に塗られ、残りは白と灰。

人物も、木も、地平線もない。見覚えのあるものは何もない。あるのは色と線、そしてそれらがどう隣り合うかだけ。

題名も何も付け加えない。フランス語の Tableau は、ただ「絵」を意味する。モンドリアンは多くの作品にこうした名を与え、帳簿のように番号を振った。グッゲンハイムは「Tableau No. 2/Composition No. VII」という別のカンヴァスも所蔵している。1913年の作品で、黒い格子と三原色にたどり着く前のものだ。

木から直線へ

モンドリアンは1872年、オランダのアメルスフォールトに生まれ、1944年にニューヨークで没した。最初から四角を描いていたわけではない。若い頃はオランダの風景を描いていた。ゼーラントの砂丘、菊、卓上の生姜壺。グッゲンハイムのコレクションには、その時期の作品がいまも数点ある。

やがてパリに出てキュビスムに出会い、物を面に分解しはじめる。だが彼は、学んだ相手よりも先へ進んだ。一歩ずつ、木は曲線になり、曲線は直線になり、直線は格子になった。グッゲンハイムはこの歩みを、自然からますます遠ざかり、物の外見の背後にある普遍的な本質、あるいは精神へ向かう道と説明している。

モンドリアンにとって、削ることは失うことではなかった。細部をひとつ捨てるたびに、変わらないものへ近づくと彼は信じていた。

新造形主義という言語

モンドリアンは自らの新しい絵画を新造形主義(Neo-Plasticism)と呼んだ。規則は少なく、厳しい。水平線と垂直線だけ。色は赤、黄、青の三原色だけで、それに白、黒、灰。すべては奥行きの錯覚に抗うように組み立てられた。絵は平らな面であり、平らな面として見られなければならない。

彼はこの言語をデ・ステイル(De Stijl)に結びつけた。オランダ語で「様式」を意味する、芸術家と建築家の集まりである。彼らは抽象芸術が近代生活の設計図になることを望んだ。都市的で、秩序立ち、自然からますます遠いもの。

「Tableau 2」はその言語の初期に属する。モンドリアンがふたたびパリに落ち着き、格子と向き合いつづけていた頃だ。こうした絵を見ると、彼が公式を繰り返していたのではないことがわかる。一枚一枚が別の試みである。線をずらし、色面の大きさを変え、全体がまだ持ちこたえるかを見る。同じ流れで、「Composition C」も同じ三色による別の試みである。

いまも見る価値がある理由

今日、モンドリアンの黒い格子と三色はいたるところにある。家具に、服に、ホテルに、ソフトウェアにまで。グッゲンハイムは、これらの考えが彼の意図をはるかに超えて広まったと記している。それらは装飾模様と取り違えられやすい。

本物の絵の前に立つと違う。「Tableau 2」は小さく、目の高さにある。長く見ていると、カンヴァス全体の均衡が、前もって計算されたものではなく、目と手で少しずつ見つけられたものとして現れてくる。線を一本、数センチ動かせば、絵全体が傾くだろう。

2024年の終わり、グッゲンハイムは「Piet Mondrian: Ever further」を開いた。館の所蔵品から十八点、世界でも屈指のモンドリアン・コレクションである。キュレーターを務めた館長マリエット・ウェスターマン(Mariët Westermann)は、来場者に彼を幾何学のデザイナーとしてだけでなく、実験する画家として見てほしいと考えた。「Tableau 2」は、そのための小さな証拠である。