エッセイ · 嗅覚アート
レイチェル・クラウザー「HS Code 04022911」
Racheal Crowther. HS Code 04022911.
ケアの匂いが、支配のために使われる。
「NSN 5411-99-219-4744」、2026年(展示風景)。撮影:Mark Blower。提供:作家 · ArtReview
ピンクの部屋
2026年、ロンドンのチゼンヘール・ギャラリーは、レイチェル・クラウザー(Racheal Crowther)の展覧会「Liquid Trust」を6月14日まで開催した。訪れた人は奇妙な部屋に足を踏み入れた。
壁はバブルガムのようなピンクに塗られていた。ベイカー・ミラー・ピンクと呼ばれる色で、かつてアメリカの矯正施設で使われたもの。窓は板でふさがれ、天井の照明は白く、病院のようだった。
ギャラリーのほぼ半分を、ひとつの大きな物が占めていた。2026年制作の「NSN 5411-99-219-4744」。かつて英国軍が使っていた移動式医療ユニットで、管制所として登録されている。両翼をもち、戸棚には色あせたラベルと手順の指示書がまだ残る。中央には封鎖された監視ブースがあり、ガラス越しにしか見えない。
部屋の中に、目で嗅げるものは何もなかった。だが空気は中立ではなかった。
匂いの関税番号
二つ目の作品は見えない。同じく2026年の「HS Code 04022911」は、クラウザーが調香師と作った香りである。部屋に隠された装置から放たれる。
題は加糖乳児用粉乳の関税番号。国境で商品を分類するのに使われる、乾いた数字。
ArtReview に掲載されたソニア・テスラー(Sonja Teszler)の評によれば、この香りには新生児の頭皮に見られる化合物ヘキサデカナールと、オキシトシンに関わる化合物が含まれる。それは粉乳のたどった生をなぞる。乳業の副産物から、軍の携行食へ、工業用添加物へ。
ひとつの匂いが歴史をまるごと運ぶ。栄養、戦争、工場。すべてが甘ったるいひと息のなかに。
注目すべきは、クラウザーが匂いの出どころを見せないことだ。瓶もなく、台座の上の装置もない。多くの香りの作品では、鑑賞者は物へ身を寄せるよう促される。ここではその逆。匂いのほうが鑑賞者を見つけ、退く場所はどこにもない。
訪れた人は、それを嗅ぎたいかどうか尋ねられなかった。匂いは彼らが着く前からそこにあった。それも作品の一部である。
ケアが道具になるとき
近年のアートをめぐる言説の多くは、ケアを讃えるべき善として扱う。テスラーは、クラウザーがそれを反転させていると論じる。展覧会は、国家や企業や軍隊が、養育と保護を行動を制御する道具としてどう使うかを見つめる。
ピンクの壁、軍の医療ユニット、新生児の肌の匂い。どれも穏やかに見え、どれも人を管理するために使われてきた。親密さが監視と規律の手段になる。
匂いはこれらの道具のなかでもっとも微妙だ。色は見えるし、疑うこともできる。機械ならラベルを読める。なじみのある匂いは、どこから来たのかを問う前に、息を通してまっすぐ体に入る。
評はもうひとつ居心地の悪い事実を指摘する。このユニットは英国国防省の余剰品売却を通じて入手され、その収益は軍事作戦に戻る。作品は、自らが批判するまさにその仕組みの内側にいることを認めている。
クラウザーは出口を示さない。展覧会はただ、訪れた人をあのピンクの部屋に立たせ、甘い匂いを吸わせ、最初のひと息からそれを信じていたと気づかせる。