エッセイ · 嗅覚アート

レジーナ・マモウ「Hang Our Gods」

Regina Mamou. Hang Our Gods.

ひとつの素材、ふたつの歴史。

レジーナ・マムー「Hang Our Gods」。Craft Contemporary にて、1980年ごろのイラクの外交の部屋を古い電話、テレビ、ラジオとともに再現したインスタレーション

写真提供:Craft Contemporary, Los Angeles · Regina Mamou(公式サイト)



1980年ごろの部屋

2025年5月31日から10月26日まで、ロサンゼルスの Craft Contemporary で展覧会「Ether: Aromatic Mythologies」が開かれた。匂いと結びついた神話をめぐる展示である。その作品のひとつが、レジーナ・マムーによるサイトスペシフィック・インスタレーション「Hang Our Gods」だった。

マムーは1980年ごろ、バアス党政権下のイラクの外交の場を再現する。応接室と、その時代の物。電話、テレビ、ラジオ。一見すると、格式ばった静かな部屋。

けれども、そこにある物はすべて語っている。そして壁の裏では、匂いが放たれるのを待っている。部屋は礼儀のための舞台装置。そこに収められたものは、まったく礼儀正しくない。

三つの物、三つの声

電話は1930年代か1940年代のベークライト製ダイヤル式。受話器を取ると、古代バビロンの王ネブカドネザル2世の王碑文が聞こえる。この選択には理由がある。サダム・フセインはバビロンを再建し、多くの記録によれば、煉瓦には彼の名が刻印された。古い王たちの系譜に自らを置くかのように。

テレビは1975年のブラウン管式。1979年のバアス党粛清の映像を映す。サダム・フセインが権力を握った年である。

1960年代の真空管ラジオは、はるかに私的なものを流す。1976年にイラクで録音された家族のカセット。作家の祖父、いとこ、親族の声。

三つの物、三つの時の層。ひとつは古代の王たち。ひとつは政治。ひとつは家族。すべてが同じ古い家電を通り、同じ部屋に流れる。

六つのチンキ、三つの素材

作品の香りは、作家が高濃度のアルコールで作った六つのチンキから来る。訪れる人が部屋の物を使うと、壁の裏に隠された点から匂いがもれ出す。

六つのチンキは三つの対をなし、対ごとにひとつの素材を分けあう。ビチューメンからは「Divine Seal(神聖な封印)」と「Oil Fields(油田)」。石膏からは「Archeological Tomb(古代の墓)」と「Mass Grave(集団墓地)」。木灰からは「Sacred Offering(聖なる供物)」と「Chemical Warfare(化学戦)」。

それぞれの対は比較である。イラクの大地から来た同じ物質が、半分は古代メソポタミアに、半分はサダム・フセインの時代に属する。ビチューメンは結び、塗り、封じるために使われた。やがて同じ大地が石油を出し、それが一国の運命を決めた。石膏は古代の墓を覆い、やがて名のない墓を覆った。

匂いは黙らない

「Hang Our Gods」という題は、聖なるものへの暴力を思わせる。部屋はその反対を思わせる。礼儀正しく、整然として、外交儀礼にかなっている。作品はそのふたつの隙間に生きる。

その隙間を破るのが匂いである。像は演出でき、言葉は編集できる。壁の裏からもれる匂いは、どんな儀礼にも従わない。近づき、体に入り、訪れた人が去ったあとも残る。

匂いで政治の危険を語ることは新しくない。シルド・メイレレスの「Volátil」は、ガスの匂いのする部屋へ人を導いた。けれども「Hang Our Gods」は別のことをする。脅かす匂いを作るのではない。慣れ親しんだ、聖なるものでさえある匂いが、歴史の転回とともに意味を変えることを見せる。