エッセイ · 嗅覚アート

上田麻希(Maki Ueda)「Aerosculpture: Sea of Fragrant Cloud」

Maki Ueda. Aerosculpture: Sea of Fragrant Cloud.

香りはいつも動いている。ここでは一度だけ、その行方が見える。

上田麻希「Aerosculpture: Sea of Fragrant Cloud」。嵐山の川沿いの宿の床に広がる、香の匂いをまとった白い雲

© Maki Ueda · Maki Ueda(公式サイト)



嵐山の十日間

2022年11月3日から12日まで、京都・嵐山の川沿いの宿が展示空間になった。宿の名は、渡月橋畔 嵐山 辨慶(Riverside Ryokan Arashiyama Benkei)。嵐山は古都の西の縁にあり、古くから巡礼と休息の地であった寺々の地区だ。

作品は上田麻希の「Aerosculpture: Sea of Fragrant Cloud」。上田は長年匂いを扱ってきた日本のアーティストである。舞台芸術の祭典、京都嵐山芸術祭のために制作された。

その細部が大事だ。作品は静止した物として招かれたのではない。時間のなかで展開するもの、演劇、音楽、ダンスの祭典に置かれた。上田は、香りもまた舞台芸術になりうると示したかった。

来場者は、以前の作品のように迷路を歩いたのではない。部屋に立ち、雲を見つめた。

ドライアイス、煙、香

主な素材はドライアイスと煙。ドライアイスは凍った二酸化炭素で、とても冷たい。暖かい空気に触れると、空気より重い濃い白い霧になり、床を這う。上田はその霧に匂いを運ばせる実験をした。目指した匂いは寺の香だった。

匂いが霧とともに移ると、その道筋が見える。雲はこぼれ、流れ落ち、誰かが通ると細いリボンに裂ける。ふだんは吸い込まれるだけの匂いが、いまはかたちと方向と速さをもつ。

題はそれを彫刻と呼ぶ。けれど、決まったかたちのない彫刻だ。そのかたちは部屋の温度と、そこに立つ人の数によって、刻々と変わる。二人の来場者が同じ作品を見ることはない。ドライアイスが尽きると彫刻は消え、匂いだけが残る。

音はフリードリッヒ・グローリアン(Friedrich Glorian)によるもので、チベットのゴングを用いた。ゴングは低く長く鳴り、雲が床に広がるように部屋に広がる。音と匂いは、ひとつの楽譜の二つのパートのように、時間のなかで共に動くよう組まれていた。

上田は、子どものように香りと遊べる場所をつくりたかったと語った。発想は自身の子ども時代の記憶から来た。ドライアイスの雲は、どの子も触りたがり、誰もつかめないものだ。香りも同じ。

パンデミックの年月からの問い

「Aerosculpture」は、上田がパンデミックのあいだに立てた問いを続けている。香りが見えたら、どうなるだろう。あの年月、世界じゅうが空気中の見えないものを案じていた。息を通って動くウイルス、閉ざされた部屋、二人のあいだの空間。誰にも見えなかった。

上田は、香りがその見えない動きを明かすかもしれないと考えた。匂いが人から人へ移れるなら、空気中のほかのものも同じ道をたどる。香りは嗅ぐためだけでなく、見るための道具になる。

けれど嵐山では、その問いに不安はない。もっと軽いものに変えられている。古い宿の香る雲の海、ゴングの音、立ち止まって空気の動きを見つめる来場者。以前の年月の恐れが、好奇心になる。

2023年、この作品は香りを用いた実験的作品を対象とするサダキチ賞のファイナリストになった。上田が鼻で距離を測った「Olfactory Labyrinth Ver. 4」と並べると、「Aerosculpture」は逆の方向へ進む。あちらでは目が鼻に役目を渡した。こちらでは鼻が、目に探してくれと頼む。