エッセイ · 近代美術
ルネ・マグリット「L'Homme au journal」
René Magritte. L'Homme au journal.
男は去る。部屋は覚えている。
Tate · Tate
四つの画面、ひとつの部屋
「Man with a Newspaper」、フランス語の原題「L'Homme au journal」は、1928年にルネ・マグリットが描いたカンヴァスの油彩画。ロンドンのテートのコレクションにある。
カンヴァスは、漫画のコマのように四つの画面に分けられている。四つとも同じ部屋の一角を描く。窓、テーブル、壁、床。抑えた色、平らな筆致、凝ったところは何もない。
最初の画面では、男がテーブルについて新聞を読んでいる。残る三つでは部屋はまったく同じで、ただ空である。彼はもう、そこにいない。
それだけ。何も起こらない。物語は語られない。
見る人は違いを探す
何も起こらないから、見る人が働きはじめる。目は画面から画面へ移り、細部を比べる。男はどこへ行ったのか。あとの三つは互いに違うのか。時が流れているのか、それとも同じ瞬間を四度見ているのか。
間違い探しは、子どもになじみの遊び。マグリットはその構造を使い、ひっくり返した。小さな違いを隠す代わりに、考えうる最大の違い、ひとりの人間を差し出し、ほかはすべてまったく同じにした。
その結果、空の画面はもう空ではない。刻印のように男を宿している。彼のことを考えずに、それらを見ることはできない。
四つの画面という構造は、連続写真や映画のコマも思わせる。私たちはそれを順に読むことに慣れている。左から右へ、上から下へ、何かが展開するのを待ちながら。ここで唯一の展開は、最初の画面と二番目の画面のあいだ、絵が見せない場所ですでに起きている。大切なことはすべて、ふたつのコマの隙間にある。
ありふれたもののなかの謎
マグリットはベルギーのシュルレアリスムで最も重要な画家のひとり。運動の多くの画家と違い、ゆがんだ夢の情景をめったに描かなかった。ありふれた物をはっきりと描き、それを少しだけずれた状況に置いた。それを否定する一行の文字が添えられたパイプ。風景に重ねられた窓。顔の隠れた山高帽の男。
「Man with a Newspaper」は、マグリットが1920年代末にパリ近郊で暮らした時期のもの。集中した制作と実験の時期である。絵の部屋には、超現実的なものは何もない。そのありふれたさこそが、問いを鋭くする。
マグリットにとって、謎は遠いどこかにあるのではなかった。居間に、一枚の新聞に、ある午後に住んでいた。パリのシュルレアリストたちは夢を多くの分野へ運んだ。絵画からファッションまで。エルザ・スキャパレリの帽子やドレスのように。マグリットはそれを、最も見慣れた場所へ運んだ。
見ることの練習としての絵
この絵は消失の物語として読める。見ることの練習としても読める。マグリットは問う。私たちはほんとうに部屋を見ているのか。それとも、そこにいる人だけを見ているのか。
男が座っているあいだ、目は彼で止まる。窓、テーブル、壁は背景である。彼が消えると、背景が主役になる。私たちは初めて、部屋をじっくり見る。
古い住まいを引き払ったことのある人なら、その感覚を知っている。家具と人がいなくなると、壁、床板、窓がいちばんはっきり現れる。それらはずっとそこにあった。ただ、一度も見られていなかっただけ。
絵は、男がどこへ行ったのかを語らない。ただ示す。物が、部屋が、人の存在をその人自身より長く抱えていられることを。