エッセイ · 現代アート

ロニ・ホーン「Vatnasafn / Library of Water」。

Roni Horn. Vatnasafn / Library of Water.

水は残る。その源が消えていくあいだも。

ロニ・ホーン「Vatnasafn / Library of Water」:スティッキスホールムルの元図書館に並ぶ、氷河の水を満たしたガラスの柱

提供 Artangel · Artangel



丘の上の図書館

スティッキスホールムルは、アイスランド西部の小さな港町。湾を見下ろす丘の上に、1950年に町の図書館として建てられた建物がある。図書館が移転すると、建物は空になった。ロニ・ホーンはイギリスの芸術団体 Artangel とともに、そこを長期の作品に変えた。アイスランド語で水の図書館を意味する「Vatnasafn」は、2007年4月30日に開館した。

主室には、床から天井まで届く24本のガラスの柱が立つ。どれにも水が入っている。その水はかつて氷だった。島じゅうの氷河から集められ、管の中で溶けるにまかされた。

高い窓からの光が柱を通り抜けて曲がる。床に落ちて、揺れる光の斑になる。柱はそれぞれ別の氷河から来ている。遠くからは同じに見える。近づくと、それぞれの管の水がここに来るまでどれほど旅をしてきたのかと考えはじめる。

長い解説パネルはない。スクリーンもない。あるのは水とガラスと光だけ。

天気を語る床

足もとの床はゴム製で、アイスランド語と英語の言葉が埋め込まれている。どれも天気を表す言葉。日常の言葉もある。春のそよ風を戯れていると言うような、詩的な言葉もある。農業や海から来た言葉もある。そこでは天気がその日の仕事を決める。

アイスランドでは、天気は世間話ではない。すばやく移ろい、人はそれとともに暮らす。ホーンはそれを知っていた。1970年代半ばから定期的にアイスランドを訪れ、何年にもわたってその土地、気候、人々を撮影し、書いてきた。物質への同じ辛抱強い注意は、彼女のほかの作品にも通っている。たとえば床にじかに置かれた薄い金の板、「Gold Field」。

インスタレーションと並んで、もうひとつの部分「Weather Reports You」がある。ホーンはスナイフェルスネス地方の人々から、暮らしのなかの天気についての語りを約100篇集めた。それらは2007年に二か国語の本として出版された。ここで天気はもう測定値ではない。一人ひとりの記憶である。

だからこの建物は二つのものを抱えている。氷河の水と、その空の下に暮らす人々の言葉。一方は物質。もう一方は記憶。

いまも使われている場所

「Vatnasafn」は閉じたギャラリーではない。夏には来訪者が訪れる。一年を通して、町はこの部屋を自分たちの暮らしに使う。集会、コンサート、結婚式、チェス、ヨガ教室。

階下には作家滞在のためのスタジオがある。毎年誰かが5月から10月のあいだに数か月滞在する。この制度は2007年に始まった。2008年にはアン・カーソンとレベッカ・ソルニットがともに滞在した。

これが作品を変える。柱は美術館の静けさのなかに孤立して立っているのではない。会話や音楽、テーブルに置かれるチェスの駒の音のなかに立っている。氷河の水は、町のふだんの暮らしの一部になる。

源が消えるとき

2007年、「Library of Water」は水と光についての瞑想として読むことができた。いま、その読みは変わった。Artangel によれば、これらの柱に氷を与えた氷河はどれもその後後退した。オク氷河はすっかり消えた。

だからこの部屋には、源がもう存在しない水の柱がある。水はまだそこにある。ガラスのなかで、澄んで、静かに。それが来た場所は、もうない。

ホーンは警告をつくらなかった。図表もスローガンもない。試料を保管し、あとは時間にまかせた。その静けさが、作品を年ごとに重くしている。

図書館はふつう、人が書いたものを保管する。この図書館は、地球が失いつつあるものを保管する。一本の管ずつ。