エッセイ · 現代アート
「Tribute in Light」。
Tribute in Light.
不在にも形がある。
二本の光
毎年9月11日の夜、日没から夜明けまで、二本の淡い青の光がロウアー・マンハッタンの空へまっすぐ立ちのぼる。平行に、近く並び、周囲のどの建物よりも高い。遠くからは、光でできた二つの塔に見える。
これが「Tribute in Light」である。9/11 Memorial and Museum によれば、7,000ワットのキセノン電球88個を、一辺48フィートの二つの正方形に並べている。正方形はそれぞれ、失われた一つの塔を表す。光は空へ最大4マイルまで届き、ロウアー・マンハッタンから半径60マイル以内で見ることができる。
照明は追悼施設の南、Battery Parking Garage の屋上に設置される。昼間はコンクリートの屋上に灯具の列が並ぶだけで、見るものは何もない。日が暮れ、明かりが灯ってはじめて作品が現れ、街じゅうがそれを目にする。
多くの手による作品
2001年9月11日のあと、何人ものアーティストやデザイナーが、ほぼ同時に同じ着想にたどり着いた。塔を光で建て直すこと。Municipal Art Society と、パブリックアートの団体 Creative Time が、彼らを一つのプロジェクトにまとめた。
作品に関わったのは、アーティストのジュリアン・ラヴァディエール(Julian LaVerdiere)とポール・ミョーダ(Paul Myoda)、そしてジョン・ベネット(John Bennett)、グスタボ・ボネバルディ(Gustavo Bonevardi)、リチャード・ナッシュ・グールド(Richard Nash Gould)、照明コンサルタントのポール・マランツ(Paul Marantz)。誰も一人では署名しない。並行して構想され、のちに一つになった作品である。
「Tribute in Light」が初めて灯されたのは半年後の2002年3月。以来、毎年9月11日の夜に戻ってくる。現在は Michael Ahern Production Services が制作を担っている。
物質をもたない追悼碑
多くの追悼碑は残るようにつくられる。石、ブロンズ、深く刻まれた名前。「Tribute in Light」はその逆をいく。質量もなく、表面もなく、触れるものもない。Creative Time はこれを、失われた塔の霊妙な代わりと呼ぶ。
物質を欠くことで、作品は喪失に近づく。塔はもうない。石の代替物なら、そこに何かが立っていると言い張るだろう。二本の光は空いた空間を示し、それを光らせるだけ。
光が見えるには空気も要る。光の柱が見えるのは、夜の塵や湿気、細かな粒子のおかげだ。霧の夜には柱は太く、くっきりする。澄んだ夜には細くなる。作品は街の天気しだいで、毎年ちがう。
決まった日に戻る
一年に一晩だけ存在する作品は、時間と独特の関係をもつ。目がそれに慣れることはない。ニューヨークの人々は、彫像の前を通るように毎日そのそばを通りはしない。記念日を待つように、それを待つ。
そのくり返しが、作品を共有の儀式にする。人々はちがう通りから、川の向こうから、アパートの窓から見上げ、同じものを見る。そして朝、明かりが消える。空はもとの空に戻る。
死者を語る光の作品はほかにもある。The Propeller Group の「The Living Need Light, the Dead Need Music」のように。だが「Tribute in Light」は、物語を何も語らない点で特異だ。正しい場所に、正しい夜に、二つの正方形を投射する。残りは見る者が持ちこむ。