エッセイ · 現代アート

草間彌生「Infinity Mirrored Room: Filled with the Brilliance of Life」

Yayoi Kusama. Infinity Mirrored Room: Filled with the Brilliance of Life.

無限の中に、道は一本だけ。

草間彌生「Infinity Mirrored Room: Filled with the Brilliance of Life」。水の上の通路と、鏡の部屋で果てしなく映り込む数百の小さな色の光

Tate · Tate



水を渡る道

Tate はこの作品の制作年を 2011/2017 とする。美術館によれば素材は、鏡面ガラス、木、アルミニウム、プラスチック、陶、LED。2012年に Tate Modern で開かれた草間の回顧展で初めて展示され、のちに Tate のコレクションに入った。

中に入ると、訪れる人は通路の上にいる。両側には浅く平らな暗い水。天井からは高さの異なる数百の小さな光が下がり、順に色を変える。壁は鏡。天井も鏡。水は、横たわるもうひとつの鏡。

その結果、測ることのできない空間が生まれる。光の粒は上下左右、あらゆる方向へ伸びていく。訪れる人は光の群れのあいだに、小さく遠くなりながら数えきれないほど繰り返される自分を見る。

けれど道は繰り返されない。方向をもつのはそれだけ。扉から始まり、扉で終わる。

ひと部屋に二分

2021年5月、Tate Modern はブラヴァトニク・ビルディング(Blavatnik Building)の4階で「Yayoi Kusama: Infinity Mirror Rooms」を開いた。展示は2024年4月まで、ほぼ三年続いた。「Filled with the Brilliance of Life」の隣にはもうひとつの部屋「Chandelier of Grief」があり、回転するクリスタルのシャンデリアが底のない宇宙を思わせた。

各グループが各部屋にいられるのは約二分。Tate はまた、「Filled with the Brilliance of Life」が車椅子で入れるよう改修され、方向を変えられるだけの広さがあると記している。

技術的な話に聞こえるが、作品について何かを語っている。無限の部屋であっても、車椅子の幅と車輪の回転半径を考えなければならない。錯覚がどれほど大きくても、それはセンチメートルで測られた現実の床の上にある。ここでの無限は木とアルミニウムと鏡でできていて、徒歩でも車輪でも、誰もが入れるように設計されている。

水玉、網、自己消滅

草間彌生は1929年、長野県松本に生まれた。早くから反復とともに制作した。表面を覆う水玉、果てのない細かな網。1950年代末にニューヨークへ移り、1960年代半ばから鏡を使い、その反復する形を空間へと増殖させ始めた。

鏡の部屋は網の絵画の自然な延長。カンヴァスの上では、水玉は平面に繰り返される。部屋の中では、光が三次元に繰り返され、見る人の身体もまたひとつの水玉になる。

草間はしばしば自己消滅について語ってきた。自己をより大きなものの中へ溶かすこと。道の上に立ち、自分の像が見分けられなくなるまで繰り返されるのを見ていると、訪れる人は彼女の言う意味の一端を理解する。

光のリズムとしての生命

タイトルは生命を語る。けれど部屋は死も思わせる。暗い水の上に浮かぶ光は、星かもしれないし、蛍かもしれないし、流された灯籠かもしれない。灯り、消え、また別の場所で灯る。

そのリズムが部屋を生かしている。すべての電球が灯りっぱなしなら、空間は一枚の写真になる。色を変え、消えるからこそ、訪れる人はいつも一秒前とわずかに違う光景を見る。

訪れる人が小さな台の上に1分足らず立ち止まる「The Souls of Millions of Light Years Away」と比べると、Tate の部屋は歩くことを許す。一本の道の上を、ほんの数歩。けれど無限の中を歩くことは、その中に立つこととは違う。一歩ごとに眺めが変わる。一歩ごとに、数百の光もまた動く。