エッセイ · 嗅覚アート
作者不詳、ベトナム「Incense Burner with Dragon Spout」
Unknown maker, Vietnam. Incense Burner with Dragon Spout.
青銅は残る。煙は想像するしかない。
The Metropolitan Museum of Art, Samuel Eilenberg Collection, Bequest of Samuel Eilenberg, 1998(Open Access、パブリックドメイン) · The Metropolitan Museum of Art
記録が語ること
ニューヨークのメトロポリタン美術館に、「Incense Burner with Dragon Spout」(龍の注ぎ口のある香炉)と呼ばれる青銅の香炉がある。文化:ベトナム。年代:1〜3世紀。
それがほぼすべて。記録には高さも記されている。15.9 cm。素材、青銅。分類、金工品。アジア美術部門。香炉はサミュエル・アイレンバーグ・コレクションに属し、1998年に美術館へ遺贈され、2001年に登録された。アイレンバーグは数学者であり、南アジア・東南アジアの古美術の大コレクターだった。
作り手の名はない。出土地もない。どう使われたかを説明する一行もない。三百年にわたる年代の幅は、研究者がそれをひとりの生涯ではなく、ひとつの時代にしか位置づけられないことを示している。
美術について書かれた多くの文章にとって、これは弱点だろう。Penta にとっては、まず見るべきもの。香を焚くための物が二千年を無傷で越えてきた。それを使った人々についてのほとんどすべては消えたのに。青銅は紙より長く残った。青銅は記憶より長く残った。
ベトナム、1〜3世紀
その頃、紅河デルタは交趾郡に属し、漢、ついで三国の支配下にあった。大きな銅鼓にまでさかのぼる長い伝統をもつ土地の青銅が、北から届く新しい種類の物と出会った時代。
香炉はそのひとつだった。漢の中国では、室内で香を焚くことが上流の人々のあいだに広がっていた。有名な青銅の香炉は、蓋が煙のめぐる仙人の山をかたちづくっていた。メトロポリタンの香炉は、ベトナムの地でも人々が香炉を鋳造していたことを示す。それも自分たちのやり方で。注ぎ口を足し、龍を足す。
この時代、香と交趾を結ぶ珍しい史料が一行ある。『三国志』の士燮伝。漢末に交趾を治めた士燮について、士氏の兄弟が外出するたびに鐘や磬が鳴り、笛や太鼓が続き、車が道を埋め、数十人の異国の人々が車輪のそばを歩きながら香を焚いたと記す。
その一行は、この香炉についてのものではない。けれど香の煙がすでにこの地域の公の暮らしの一部であり、権力、儀礼、遠くから来た人々と結びついていたことを示す。香は寺の中だけにあったのではない。道の上を動いていた。
注ぎ口、龍
香炉の名は、ひとつの細部を指している。龍の注ぎ口。その注ぎ口が何のためのものか、煙がそこから出たのかどうかを、Penta は信頼できる資料で確かめられていない。このエッセイは、美術館に代わって推測はしない。
けれど、これだけは言える。簡素な香炉に注ぎ口は要らない。動物のかたちをした部分を加えたことは、作り手が、物が休んでいるときの姿と働いているときの姿を考えていたことを示す。この地域一帯で、龍は水と雲と、立ちのぼるすべてのものの生き物。煙をつくる物に龍を付けるのは、意味のある選択である。
香炉の高さは15.9 cm。卓や祭壇に置ける、あるいは持ち運べるほどの小ささ。群衆が遠くから眺める物ではない。近くに立つ人だけが、龍を見て、煙の香りをかいだ。
いまそれはメトロポリタンの第244展示室に立っている。鋳造された場所から地球の半周ほど離れて。最後に火が入れられたのがいつか、何が焚かれたのか、誰も知らない。樹脂、香木、どこか熱帯の葉。その香りは消えた。
残っているのは、青銅に鋳込まれた問い。二千年近く前、ここの人々は自分たちの煙をどう見せたかったのか。