エッセイ · 嗅覚アート

アデ・ダルマワン。「Tuban」。

Ade Darmawan. Tuban.

油がページに染み込み、ページの色が変わる。

アデ・ダルマワン「Tuban」。食卓、椅子、電気コンロ、本の上に油を滴らせるガラスの蒸留器

展示風景「Ade Darmawan: Water Resistance」、2024年(Artforum の記事より) · Artforum



蒸留する部屋

「Tuban」は、アデ・ダルマワンが2019年に始めたインスタレーションである。一見すると家のなかの一室。食卓、椅子、衣装棚。だが食卓にも椅子にも衣装棚にも電気コンロが置かれ、その上にガラスの蒸留器がある。

なかには香辛料。ナツメグ、クローブ、シナモン。コンロが熱を帯びると蒸気が立ちのぼり、管を通り、冷たさに触れて、暗い色の油の滴に変わる。甘く、胡椒のような匂いが部屋を満たす。訪れた人は、目の前のものが何かを理解するより先に、その匂いをかぐ。

油は瓶に集められない。インドネシア第2代大統領として30年以上統治したスハルトの伝記の上に滴る。滴は紙に染み込み、食卓に広がり、拭っても消えない跡を残す。

時間も作品の一部である。長く動くほど染みは広がり、本は暗くなる。部屋は静止していない。食卓の上にあるものを、ゆっくりと書き換えている。

一冊の小説から

ダルマワンがこれらの香辛料を選んだのは、心地よい匂いだからではない。1995年に出版されたプラムディヤ・アナンタ・トゥール(Pramoedya Ananta Toer)の小説「Arus Balik」に登場するからである。プラムディヤは1970年代、共産党に近い組織、人民文化協会レクラ(Lekra)との関わりで投獄されていたあいだに、その草稿を書いた。

「Arus Balik」が語るのは、海の力が向きを変えた時代である。西洋の商人と軍艦が香辛料を求めて群島にやって来て、ジャワ沿岸の王国は地位を失った。東ジャワの港町トゥバンは物語の中心にある。

ダルマワンはまず小説を読み、それからトゥバンへ現地調査に出かけた。作品の名はそこから来ている。港町、獄中で書かれた本、そしてかつて人を地球の半分まで旅させた香辛料。

スハルトの伝記を滴る油の下に置いたのは意図的である。プラムディヤが投獄され、その本が禁じられたのはスハルトの時代だった。小説の匂いが戻ってきて、それを禁じた男の公式の物語に染み込む。

比喩としての蒸留

2024年、「Tuban」はダルマワンの展覧会「Water Resistance」で展示された。会場はジャカルタの ROH とジョグジャカルタの Cemeti Institute for Art and Society に分かれていた。展覧会全体が、インドネシアにおける植民地的搾取の歴史のイメージとして蒸留を用いている。

『Frieze』の記述によれば、インスタレーションでは、ナツメグ、クローブ、ジャスミンがタンクから間に合わせの排気管とガラスの冷却器を通り、暗く芳しい蒸留液となって瓶ににじみ出る。装置は即席に見え、使い古しの部品を寄せ集めて組まれている。

蒸留とは、素材のもっとも価値ある部分を取り、残りを置いていくことである。それは植民地経済の仕組みでもある。香辛料を取り、油を取り、木を取り、疲れ果てた土地を残す。ジャカルタのコレクティブ ruangrupa の共同創設者であるダルマワンは、その比喩を呼吸できるものに変える。

同じ展覧会で、彼は「Santalum Album Family」も見せた。焦げた白檀の匂いがドラム缶から立ちのぼる作品である。「Santalum」が油と権力を語るなら、「Tuban」は書くことを語る。誰が歴史を書くのか。そして、どの匂いがページを染み通るほど強いのか。