エッセイ · 嗅覚アート
アレクサンドル・スクリャービン。「Mysterium」。
Alexander Scriabin. Mysterium.
スケッチと、想像の煙の中にだけある作品。
イラスト:Sonia Roy / BBC Music Magazine · BBC Music Magazine(classical-music.com)
七日間続く作品
ロシアの作曲家でピアニストのアレクサンドル・スクリャービン(Alexander Scriabin)は、晩年を「Mysterium」と名づけた構想に費やした。残されたものによれば、それは七日間続く作品で、インドのヒマラヤの麓に建てる専用の神殿で上演されるはずだった。
「Mysterium」は、座って聴く音楽ではなかった。すべての感覚を占める出来事だった。オーケストラ。雲から吊るされたかのような鐘。リズムに合わせて進む行列。火、煙、移ろう光。そして香の柱と、音楽とともに変わっていく香水。
スクリャービンは、その七日間の終わりに、私たちの知る世界が閉じ、新しい人類が始まると信じていた。彼は本気だった。聴衆はもはや聴衆ではない。誰もが参加する。
音、色、匂い
感覚を結びつける発想は、スクリャービンに突然訪れたものではない。彼は調性と色を結びつけ、すでに音楽に光を持ち込もうとしていた。「プロメテウス(火の詩)」では、光の鍵盤のために独立したパートを書き、和声に合わせて色が変わるようにした。当時の技術は、彼の望みにほとんど追いつけなかった。
「Mysterium」は次の一歩であり、はるかに大きな一歩だった。光が音に寄り添えるなら、匂いも触覚も動きも、そこになければならない。音楽はもはや耳の芸術ではない。ほかのすべてを収める枠になった。
その中で、匂いは目立つ位置を占める。香は多くの文化で儀礼の素材であり、ある空間を神聖なもの、日常の空間から切り離されたものとして示す。「Mysterium」に香を置くことで、スクリャービンはまさにその働きを借りた。煙は、何か尋常でないことが起きていると告げる。
残ったもの
スクリャービンは、「Mysterium」が一度に作るには大きすぎると知っていた。彼はまず序幕「Acte préalable(序幕の行為)」から始めた。聴き手を本編に向けて準備させるための作品。彼はその詩を書き、音楽をスケッチした。
1915年4月、彼は敗血症で亡くなった。43歳。残ったのは、断片的なピアノのスケッチ数十ページと、オーケストレーション一枚。神殿はない。七日間もない。実際に選ばれた香りも、ひとつもない。
目を引くのは、最も完全に失われたのが、音符では書けない部分だということ。音は紙に跡を残した。光、煙、匂いは、記述としてしか残っていない。
作曲家アレクサンドル・ネムティン(Alexander Nemtin)は28年をかけて、そのスケッチを「Preparation for the Final Mystery(最後の神秘への準備)」へと発展させた。三部からなる約3時間の作品。1996年、ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy)が録音した。スクリャービンの夢を聴くのに最も近づける形。それでも、音だけである。
未完の構想がいまも意味を持つ理由
「Mysterium」は、過剰な野心の例としてよく引かれる。けれど、作曲家が作品の設計に匂いを、音や光と対等に書き込んだ最初期の例のひとつでもある。
同じ頃、ニューヨークで、サダキチ・ハルトマン(Sadakichi Hartmann)は匂いだけのコンサートを試み、ブーイングで舞台から降ろされた。二人に接点はなかった。それでも、どちらも匂いを音楽のように、順序と頂点をもって構成できると考えていた。
のちの多感覚の芸術家たちの多くは、スクリャービンが思い描いたものの小さな一部を実現した。七日間に届いた者はいない。届く必要もないのかもしれない。「Mysterium」は問いとして残る。作品があらゆる感覚を使うとき、その中にいる人はまだ観客なのか。