エッセイ · 嗅覚アート
アレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグ。「Resurrecting the Sublime」。
Alexandra Daisy Ginsberg. Resurrecting the Sublime.
もう存在しない花の匂い。
提供:Alexandra Daisy Ginsberg · Alexandra Daisy Ginsberg(公式サイト)
三つの花、三つの消失
一つ目は Hibiscadelphus wilderianus、ハワイ語で hau kuahiwi。マウイ島ハレアカラの南斜面に生えていた。最後の一本が枯れかけた姿で見つかったのは1912年。その溶岩原の生育地は、植民地の牧畜のために切り開かれていた。
二つ目は Orbexilum stipulatum。ケンタッキー州ルイビル近く、オハイオ川のロック島に生えていたマメ科植物。最後の記録は1881年。1920年代、米国第41ダムが水位を上げ、その生育地を沈めた。
三つ目は Leucadendron grandiflorum。ケープタウン、テーブルマウンテンの陰にあるウィンバーグ・ヒルの植物。最後に確認されたのは1805年、ロンドンの収集家の庭。原生地は植民地のぶどう畑になっていた。
三つの種、三つの大陸、三つの原因。共通するのは一つ。人がその土地を別の何かに使いたかったから、失われた。
乾燥標本から匂いへ
アレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグ(Alexandra Daisy Ginsberg)は、長年合成生物学と向き合ってきたイギリスの芸術家。この構想は、失われた種の乾燥した枝をいまも保管するハーバード大学の植物標本館から始まった。
その標本から、科学者たちはごく微量のDNAを回収した。バイオテクノロジー企業 Ginkgo Bioworks はそれを使い、植物がかつて香りの分子を作るのに使っていた酵素の配列を再構築した。そこから、花が作っていたかもしれない分子を推定した。
次に、ノルウェーの匂いの研究者シセル・トラース(Sissel Tolaas)。トラースはそれらの分子、あるいは近い類似物で、それぞれの匂いを組み立て直した。
取り戻せないものが一つあった。DNAは植物がどの分子を作れたかを語るが、それぞれがどれだけかは語らない。比率は花とともに失われた。作品の匂いは根拠のある再構成であり、複製ではない。ギンズバーグはそれをはっきり言い、その隙間を意味の一部にしている。
石と匂いのあいだに立つ
このインスタレーションは2019年2月、パリのポンピドゥー・センターで初公開された。同年、サンテティエンヌ国際デザイン・ビエンナーレとヴィトラ・デザイン・ミュージアムで展示。2020年にベルン自然史博物館、2021年に第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展。
各部屋には岩がある。溶岩、石灰岩、花崗岩。それぞれの種が育った石の種類。ガラスケースがそれぞれの花の匂いを拡散する。壁では、アニメーションが失われた風景を組み立て直す。その下に、静かなサウンドスケープが流れる。
来場者は花を一度も見ない。模型も、再現された植物もない。石と匂いと来場者だけ。ギンズバーグは人間を標本の位置に置く。風景の中に立ち、自分より大きなものと向き合い、自らの種の破壊する力と向き合う。
なぜ崇高なのか
崇高は、ヨーロッパ美学の古い概念。把握しきれないほど巨大なものの前に立つ感覚。高い山、嵐の海、深淵。19世紀の風景画は、広大な自然の前に小さな人物を置くことを好んだ。
ギンズバーグはこの言葉を新しく使う。ここで把握しきれないのは山ではない。絶滅である。あの花がどんな匂いだったか、正確に知ることはもうない。その隙間が作品になる。
この方法は、シセル・トラース自身の歩みに近い。匂いを世界についてのデータとして研究してきた年月。その果てに、彼女の大規模な展覧会RE_________は、匂いだけで構成された。
「Resurrecting the Sublime」は何も生き返らせない。題名は意図された逆説。戻ってくるのは不完全な匂いだけ。部屋に立つ人が、かつてここに花があったと知るのに足りるだけの匂い。