エッセイ · 写真

ベルント・ベッヒャー(Bernd Becher)、ヒラ・ベッヒャー(Hilla Becher)。「Water Towers」。

Bernd Becher and Hilla Becher. Water Towers.

すべてを同じに保つと、違いが現れる。

ベルント・ベッヒャーとヒラ・ベッヒャー「Water Towers」。正面から撮られた給水塔のモノクロ写真九枚をグリッド状に並べたもの

Tate · Tate



一つの壁に九つの給水塔

テート所蔵の「Water Towers」は、グリッド状に掛けられた九枚のモノクロのゼラチン・シルバー・プリントからなる。一枚に一つの給水塔。テートはこの作品の制作年を1972年から2009年としている。四十年近い歳月である。

ベッヒャー夫妻は長年にわたり、さまざまな地域で給水塔を撮った。異なる時代に、異なる工場や町のために建てられたものだ。給水塔の種類は多い。鋼鉄製かコンクリート製か。丸いタンクか、裾の広がったタンクか。一本の柱か、何本もの脚か。

しかし写真の中では、どれも同じように扱われる。塔はフレームの中央に置かれ、真正面から、均一な灰色の空を背に撮られる。人はいない。劇的な雲もない。形から目をそらすものは何もない。

九つが並ぶと、目はひとりでに比べはじめる。タンクが大きいか小さいか。脚が細いか太いか。梯子が外にあるか、内側に隠れているか。こうした違いが見えるのは、ほかのすべてが一定に保たれているからにほかならない。

様式ではなく、方法

ベルント・ベッヒャーは1931年、ヒラ・ベッヒャーは1934年生まれ。二人は1950年代の終わりに共同制作を始め、2007年にベルントが亡くなるまで五十年近く続けた。その後もヒラはプリントを続け、シリーズを完成させていった。この作品の制作年に2009年が含まれるのは、おそらくそのためだろう。

二人は大判カメラと粒子の細かいモノクロフィルムを使い、構造物の細部がすべてはっきり読み取れるようにした。光が均一で影がやわらかい曇りの日を選んだ。正面から、わずかに高い視点で撮った。

そして写真を構造物の機能ごとにまとめた。給水塔は給水塔と、溶鉱炉は溶鉱炉と、冷却塔は冷却塔と。これを類型学(タイポロジー)という。型による分類である。植物学者が葉を押し、動物学者が標本を並べる、自然科学のやり方を借りたものだ。

匿名の彫刻

1970年、ベッヒャー夫妻は『Anonyme Skulpturen』(匿名の彫刻)という本を出した。この題名が、二人がこれらの構造物をどう見ていたかを語っている。給水塔を芸術と考える人はいない。それを建てたのは芸術家ではなく技術者だ。それでも、同じ種類のものの横に置かれたとき、その形は彫刻の重みを帯びる。

1990年、ヴェネツィア・ビエンナーレでベッヒャー夫妻は金獅子賞を受けた。それは写真ではなく彫刻に対して贈られた。この細部が多くを語る。二人の写真は、空間の中に形をとどめる方法として読まれたのである。

二人はデュッセルドルフ芸術アカデミーでも教えた。教え子の多くが重要な写真家になった。トーマス・シュトルート、アンドレアス・グルスキー、トーマス・ルフ。それぞれが自分の道を進んだが、みな師の静かで距離を置いた、声を上げないまなざしを受け継いでいる。

消える前のアーカイブ

ベッヒャー夫妻が撮った構造物の多くは、その後取り壊された。給水塔、鉱山の櫓、溶鉱炉。それらはヨーロッパと北米で幕を閉じつつあった産業の時代に属している。機能が終わると、建物も終わる。

こうして「Water Towers」は、時とともにもう一つの層を得た。制作された当時は形の研究だった。今日ではアーカイブでもある。これらのプリントの中にしか残っていない塔もある。

ベッヒャー夫妻は決して惜しむ言葉を口にしない。写真は悲しげでも懐古的でもない。ただ正確に、均等に記録する。その静けさが見る者に気づかせる。かつてそこに物質の世界があり、誰かがそれを一つずつ見つめる手間を惜しまなかったのだと。