エッセイ · 現代アート

バールティ・ケール(Bharti Kher)。「confess」。

Bharti Kher. confess.

壁に耳あり。

バールティ・ケール「confess」。扉と窓のある暗い木の部屋。内壁は色とりどりのビンディで覆われている


部屋の中に立つ部屋

「confess」は、暗い色の木でできたほぼ立方体の構造物で、高さは約二メートル、一辺は約三メートル。大きな部屋の中に建てられた小さな部屋のように見える。扉がある。窓がある。壁の上部には規則正しい穴の模様が走る。建築の細部はわずかに装飾的で、古い室内を思わせるには十分だが、場所を特定するには足りない。

1969年生まれのバールティ・ケールは、2009年から2010年にかけてこの作品を制作した。2010年、彼女とギャラリー Hauser & Wirth がテートに寄贈した。題名は小文字で書かれている。静かに口にされる動詞のように。

外から見ると、木の塊はほとんど飾り気がない。招き入れはしない。見る者は近づき、身を乗り出し、窓から覗いて、はじめて中にあるものを見る。

内側に、色の点

内部はすべてビンディで覆われている。南アジアや東南アジアの多くの女性や少女が額につける装身具だ。ケールはそれを密集した、渦を巻く、色とりどりの模様に並べる。中心のまわりを巡る水のように動く模様に。

天井からは電球が一つだけ下がっている。傘もなく、装飾もない。テートは、この裸電球が独房を、そして強いられた告白の可能性を思わせると記している。

つまり題名は、私的な場所、告解室を示唆する。内部は色に満ちた婚礼の部屋を示唆する。光は取調室を示唆する。三つのイメージが一つの狭い空間に重なり、そのどれも完全には勝たない。

テートの展示解説は、見る者に問いを投げる。ここは女性が思いを打ち明ける聖域なのか。それとも告白を引き出される閉ざされた独房なのか。作品は選ばない。両方が真であることを許す。

書き文字としてのビンディ

ヒンドゥーの伝統では、ビンディは額につける赤い顔料の印で、第三の目、すなわち知恵を表す。ここ数十年で、シート単位で売られ、ファッションの小物として身につける色つきのシールにもなった。ケールはこうした意味のあいだで制作する。彼女にとってビンディは、現実と霊的なものをつなぐ第三の目である。

彼女は多くの作品で、絵画にも彫刻にも、何千というビンディを使ってきた。『The Times of India』の取材に対し、繰り返すことでそれを自分自身の言語にしたと語っている。物の外側では、ビンディは皮膚のように働く。「confess」の婚礼の部屋の内壁では、テキストのように働く、と。

ここは立ち止まる価値がある。女性の身体に結びついた、小さく、安価で、日常的な物。それが繰り返され、記憶する表面になる。文は一つも書かれていない。それでも部屋は言葉で満ちている。

南アジア文化の見慣れた記号は、さまざまに読み直すことができる。バールティ・ラルワニのBagh-e Hindは、ムガルとラージプートの絵画に描かれた庭を匂いによって読み直す。ケールは額の印を、繰り返しによって読み直す。

窓から覗く

「confess」は、どう見られるかによって意味が決まる。見る者は中に入らない。外に立ち、小さな窓から覗く。客であり、同時に盗み聞きする者でもある。部屋は彼らに開かれない。許されるのは一瞥だけだ。

それは他人の私生活を前にした部外者の位置である。中で何かが起きていることは分かる。色も、密度も見える。けれど告白は部屋の中の人のものであって、私たちのものではない。

ケールはその女性が誰なのかを語らない。人物像も、写真も、家具もない。あるのは壁と点と電球だけ。その不在が部屋をいっそう重くする。誰がそこに住んでいてもおかしくない。

「confess」は、物を留める表面についての作品である。外側の表面は沈黙を留める。内側の表面は、語られたすべてを留める。