エッセイ · 嗅覚アート

ビャーネ・メルゴー(Bjarne Melgaard)、ビョルン・クリスティアン・ヒルベリ(Bjørn Kristian Hilberg)。「Abuse Is the Beauty of the Working Class」。

Bjarne Melgaard, Bjørn Kristian Hilberg. Abuse Is the Beauty of the Working Class.

その部屋でつくられた香り。そして床に割れて横たわる、もうひとつの香り。

VI, VII(オスロ)での「Abuse Is the Beauty of the Working Class」:ビーカーや瓶、メルゴーの作品が並ぶ香りのラボ

撮影:Ethan Floro。提供:作家および VI, VII, Oslo · ArtReview



ギャラリーの中の発売会

2024年10月25日から12月15日まで、オスロのギャラリー VI, VII は、ある香水ラインの発売会として演出された。ラインの名は The End。ノルウェーの作家ビャーネ・メルゴーが、ノルウェーの香水メゾン Malbrum の創設者ビョルン・クリスティアン・ヒルベリとともにつくった。

部屋には、実際に稼働する香りのラボがあった。ビーカー、パーコレーター、充填機、瓶詰めの化学品。完成した三つの香水が、大理石と石灰岩の台に立つ。Joey、Speedball、Stabfrenzy Forever。四つ目の Crispo は、会期中に開発が進められていた。

壁にはブランドのトレーラーが映され、アニメーションとファウンド・フッテージが混ざり合う。美容業界のおなじみの言葉。製品、台座、映像、名前。けれど、すべてが少しずつずれていた。

タイトル「Abuse Is the Beauty of the Working Class」が、最初からそれを告げていた。香水の箱に誰も載せたがらない二つの言葉を並べて置く。虐待、そして労働者階級。

ラベルの四つの名前

香りの名は、花や都市からとられていない。Joey は、亡くなったアダルト映画俳優ジョーイ・ステファノへのオマージュ。ArtReview に載ったマシュー・ラナの評によれば、甘く、百合やバブルガムを思わせる。Crispo は故人の画商アンドリュー・クリスポの名をとり、パチュリとスミレを含む。

残りの二つの名は、路上のスラングと暴力のように響く。説明はいらない。香水のラベルに印刷されるだけで、読む人を立ち止まらせるのに十分。

そして、名前のない匂いがもうひとつあった。ギャラリーの床で叩き割られたエッセンスの小瓶が、濃く息苦しい花の匂いを部屋じゅうに残した。売り物ではない。展示が開いていた数週間、そこにだけ存在し、やがて消えた。

そのまわりには、メルゴーの世界でおなじみのものがあった。怪物に食われる人物を描いたインクのドローイング、その多くは法的書類の上に。マネキン。墓石のような絵画、細々とした紙片がこびりついている。美容製品、割れた香水瓶、精神科の薬、ぬいぐるみ。

絶望の匂いのする贅沢品

メルゴーはファッションとも仕事をしてきた。ラナによれば、そこで彼は業界のコードをひっくり返した。香水に対しては、評はむしろ彼を敬虔と見る。彼は本当に香りのラインをつくった。本物の調香師と、本物のラボで。

それでも演出は、贅沢な製品にかすかな絶望の気配を与えた。ラナはこの展示を、階級の緊張、そして作家が自分自身を搾取するあり方に結びつける。メルゴーが抱えてきた金銭上、法律上の困難にも触れている。

残るのは、この展示が一人の痛みで止まらないということ。瓶の名前、法的書類の上のドローイング、錠剤。どれもがより広いものを指している。人を使い尽くし、残ったものを売るための美しいものとして包み直す仕組みがある。

それを語るのに、香水はふさわしい物。いちばん小さな贅沢、いちばん買いやすく、いちばん肌に近い。まとう人のよりよい姿を約束する。The End はその約束を受け入れ、そしてラベルに死者の名を書く。

その冬 VI, VII に足を踏み入れた人は、おそらく床の花の匂いを少し、コートにつけて持ち帰った。何も買わなかった。けれど、染みを持って帰った。