エッセイ · 嗅覚アート
ジョー・メレル(Joe Merrell)。「The Fragility of Complex Things」。
Joe Merrell. The Fragility of Complex Things.
もっとも複雑なものほど、もっとも壊れやすい。
The Institute for Art and Olfaction · The Institute for Art and Olfaction
内に向かった二年
「The Fragility of Complex Things」は、ロサンゼルス、932 Chung King Road の Institute for Art and Olfaction のギャラリーで開かれ、2022年5月6日から6月1日まで続いた。オープニングは5月6日の夜。会期最終日の夜は、作家トークの夜でもあった。
作品がつくられたのは2020年から2022年のあいだ。パンデミックの二年間に、政治的な混乱が重なった。多くの人が屋内に閉じこもった。メレルもそうで、彼は外ではなく内を見ることを選んだ。IAO の言葉によれば、この展覧会は、危機の時代における病、隔離、生と死を省みるものである。
題名がほとんどを語っている。複雑なものは脆い。身体。社会。関係。つながる部分が多いほど、壊れうる場所も多い。
多くの素材を扱う作家
ジョー・メレルは太平洋岸北西部に生まれた。ワシントン州オリンピアのエヴァグリーン州立大学で哲学と歴史を学び、バレンシアのカリフォルニア芸術大学で MFA を取得した。
彼の実践は映像、アニメーション、版画、彫刻、香りにわたり、南北アメリカ、ヨーロッパ、ニュージーランドで発表されてきた。メレルにとって匂いは、像の付属物ではない。ほかと並ぶひとつの素材であり、名づけられ、エディションがつけられ、それ自体ひとつの作品として展示される。
哲学は題名にあらわれる。ある版画は Antisyzygy と名づけられている。ひとつのもののなかに保たれた二つの対立を指す言葉。生と死。近さと遠さ。家にいることと、迷っていると感じること。
香水を作品として展示することは、IAO が自らのギャラリーで、また研究所のグループ展で、長く続けてきたことだ。メレルはそこに、絵を持ち込む調香師としてではなく、匂いを携えてくる視覚芸術家としてやって来る。
部屋のなかの六つの物
作品リストは短い。オードパルファム二つ、各30ml、どちらも2022年。Campo de la Estrella Azul と Balsam Fir。前者はスペイン語で、青い星の野原。後者はモミの一種。ひとつは空の下の野原、もうひとつは針葉樹の森。どちらも屋外の場所で、人が屋内にとどまらなければならなかった時期につくられた。
「Blood from a Spoon」は二チャンネルの同期映像で、同期しない三つ目のチャンネルを任意で加えられる。顔料プリントが二点。12 × 19インチの無題の一点はエディション10、12 × 12インチの「Antisyzygy」はエディション5。
もっとも奇妙な物は、ガムボールマシンだ。なかには、ガムボール、保存されたクチナシの花、リネンの布。題名はアメリカ式表記の二つの日付。11/24/63 と 1/26/20。展覧会のページはそれを説明せず、Penta も推測しない。残るのは、子どものための機械。硬貨一枚で菓子がひとつ。それがいま、咲くのをやめた花と、六十年近い時間を抱えている。
なぜ匂いは像の隣に立つのか
映像と版画の展示では、訪れる人は目で移動することに慣れている。香水は彼らを立ち止まらせ、別のことをさせる。身をかがめ、嗅ぎ、待つ。香りは何ひとつ一度には見せない。届くのに数秒、変わるのに数分かかる。
その遅さは主題にふさわしい。パンデミックの年月は、引き伸ばされた時間の年月だった。どの日も同じ。季節の変わり目を知らせるものが、窓から入る空気の匂いだけのこともあった。そうした状況で、モミの森の名をもつ一本の瓶は飾りではない。身体が外に出られないとき、ひとつの場所を部屋に連れてくる方法である。
メレルは、パンデミックについての時事的な展示をつくらなかった。数字もスローガンもない。あるのは小さく、壊れやすいものだけ。ガラスの瓶、乾いた花、刷られた一枚の紙。それらは、自ら脆いことによって脆さを語る。