エッセイ · 写真
ボリス・ミハイロフ(Boris Mikhailov)。「Case History」。
Boris Mikhailov. Case History.
都市が忘れたいものを、身体は覚えている。
変わった都市への帰還
ボリス・ミハイロフは1938年、ウクライナ第二の都市ハルキウに生まれた。旧ソ連から現れた写真家のなかで、最も重要な一人。
1996年、国外で過ごした時期のあと、彼はハルキウに戻った。都市は変わっていた。外国の看板が現れ、古い通りに資本主義の新しい表の顔がかぶせられていた。けれどその表の下に、以前にはほとんど存在しなかった新しい階層の人々がいた。
彼らは bomzhi と呼ばれた。長期のホームレス。1991年のソ連崩壊のあと、古い福祉制度が、代わるものが現れるより速く消えたときに生まれた。彼らは屋外で眠り、工業地区の端で暮らし、都市の残りの人々は彼らを見ないようにしていた。
ミハイロフは、彼らを見ることにした。
400枚を超える写真
「Case History」は、MoMA の年代づけでは1997年から1998年ごろに撮られたシリーズ。作品群は全体で400枚を超える。1999年に写真集として刊行された。
ミハイロフの撮り方は、今も議論を呼んでいる。彼は撮影した人々にお金を払い、食べ物や飲み物を買い与えた。彼らは撮られていることを知っていて、ポーズをとった。多くが服を脱ぎ、傷跡や傷口、病と暴力の痕を刻んだ身体を見せた。
多くのポーズが、ヨーロッパ絵画でおなじみの宗教画を思わせる。十字架にかけられたように両腕を広げる男。ピエタのように、一人がもう一人を抱きかかえる姿。その借用は敬虔でも、嘲笑でもない。見捨てられた人々を、古い美術が聖なる受難を置いたまさにその場所に置く。
ミハイロフは、通常のドキュメンタリーを超えて、この生を示す新しい方法を探していたと語っている。彼にとって裸は、彼らの存在の隠喩だった。覆うものは、もう何も残っていない。
美術館の壁に、等身大で
2011年5月26日から9月5日まで、ニューヨークの MoMA は「Case History」を展示した。このシリーズだけに捧げられた、アメリカの美術館で初めての展示。企画はエヴァ・レスピーニ。
選ばれたのは十九点の写真。どれも高さ2メートルを超え、ほぼ等身大。上の角だけをピンで留め、下の角は壁から反り返るにまかせた。額も、ガラスもない。写真は年代順に掛けられた。
その掛け方が、写真を脆く、ほとんど仮のもののように見せた。ガラスの下に額装されたプリントがふつう与えてくれる安全な距離を、見る者に許さなかった。写真の中の人々は見る者と目の高さに立ち、見返してきた。
ダイアン・アーバスの肖像と並べると、共通の問いが現れる。周縁の人々を撮ることは、彼らを見えるようにするのか。それとも、彼らからもうひとつ何かを奪うのか。
尊厳と居心地の悪さ
「Case History」は多くの批判を受けてきた。何も残っていない人々にお金を払い、カメラの前で服を脱がせることを弁護するのは難しい。搾取の問いは、作品につきまとう。
別の読み方もある。これほど近く、これほど直接に、これほど大きく撮ることで、境遇が奪ったものを彼らに返している、と論じる批評家もいる。存在感。彼らはもう、街角のぼやけた人影ではない。美術館の壁を満たしている。
ミハイロフはこの矛盾を解かない。おそらく解きたいとも思っていない。「Case History」は、見る者を居心地の悪さの中に置き去りにする。医療記録というそのタイトルが、まさにそれを言っている。崩れつつある瞬間の、社会という身体の状態の、冷たい記録。