エッセイ · 嗅覚アート

ボリス・ロー(Boris Raux)。「La Fabrique des Méduses」。

Boris Raux. La Fabrique des Méduses.

すすぎの水も、痕跡。

ボリス・ロー「La Fabrique des Méduses」:クラゲの形をした半透明のゲルを並べた大きな木の構造物

Institute for Art and Olfaction · Institute for Art and Olfaction



ギャラリーの中の美容室

2022年10月、21日から30日までの十日間、ロサンゼルスの Institute for Art and Olfaction のギャラリーに、大きな木の構造物が置かれた。その棚には、クラゲの形をした柔らかく半透明の物が並んでいた。それらには匂いがあった。

作品の名は「La Fabrique des Méduses」、クラゲ工場。作者はサン=テティエンヌを拠点とするフランスの作家、ボリス・ロー。けれど木の構造物は半分にすぎない。もう半分はパフォーマンス。

訪れた人は一人ずつ、洗髪台に腰かけた。ローは世話役と美容師の役を引き受けた。頭皮をもみ、髪を洗う。一人につき約3リットルの水が使われた。その水は排水口に流れなかった。集められた。

すすぎの水からクラゲへ

洗髪のたびに、その人の水はゲルに固められた。ゲルの塊はひとつずつクラゲになり、クラゲひとつが一人の人だった。それらは木の構造物の上、ほかの人のクラゲの隣に置かれた。

そして時間が役目を果たした。ゲルはゆっくり蒸発した。水が去るにつれ、洗われた人の匂いが、何日もかけてゆっくりと空間に漂い出た。あとから来た人は、その人々に会うことはない。彼らの何かが残ったものを嗅ぐだけ。

展示テキストは、この作品がヴァニタスの伝統を新たにすると言う。ヴァニタスはヨーロッパの静物画のジャンルで、頭蓋骨、燃え尽きかけた蝋燭、しおれた花を並べ、すべては過ぎ去ると思い出させた。ローは頭蓋骨を描かない。見る者の目の前で、物を消えさせる。クラゲは毎日縮んでいく。それ自体が時計。

名前にも理由がある。クラゲは、ほとんど水だけでできている。骨も殻もない。浜に打ち上げられたクラゲは干からび、ほとんど何も残さない。ローのクラゲも同じ道をたどる。ただ、その途中で匂いを残していく。

研究者としての作家

ローはロンドンのセントラル・セント・マーチンズで美術を学んだ。科学の研究者の方法で芸術に向かう。集め、処理し、観察する。彼にとって香りは、あまりに見過ごされがちな、創造と社会のための道具。

彼は自らの実践を、四つの嗅覚のテーマで組み立てている。共有の財、共有の身体、共有の場所、共有の物語。そのすべてが The Factories of Commons というひとつの名のもとにある。「La Fabrique des Méduses」はそうした工場のひとつ。その原料は、見に来る人々の身体。

作品はアンスティチュ・フランセとサン=テティエンヌ市の支援を受けた。会期はわずか十日。けれど蒸発の上に成り立つ作品にとって、十日はすべてが変わるのを見届けるのに十分。

素材としてのケア

他人の髪を洗うのは、親密な行為。洗われる人は洗う人を信頼し、首をさらし、目を閉じ、顔の近くを水が流れるのを許さなければならない。美容室ではそれはサービス。ローのギャラリーでは、作品が存在するための条件。

訪れる人がいなければ、クラゲはない。作品はオープニングの前には完成しえない。一人ずつ、一回の洗髪ずつ育ち、同じ瞬間に、一滴ずつ消えていく。

Penta の記憶に残るのは、その静けさ。肖像も、名前も、一人ひとりの物語もない。ゲルの塊と匂いだけ。誰かを覚えておくには写真か言葉が要る、と私たちは考えがち。ローは、ときにはその人の髪に触れた水だけで足りると示す。ジャニーン・アントーニはかつて自分の頭部から型をとった石鹸の胸像とともに湯浴みし、洗うことで肖像をすり減らした。ローは別の道を行く。洗うことは誰もすり減らさない。新しい物をつくる。