エッセイ · 現代アート

蔡國強(Cai Guo-Qiang)「Head On」

Cai Guo-Qiang. Head On.

先頭が壁にぶつかる。群れは走り続ける。

蔡國強「Head On」:宙に弧を描き、ギャラリーのガラスの壁に激突する狼の模型の群れ

Solomon R. Guggenheim Museum · Solomon R. Guggenheim Museum



ギャラリーを駆ける狼の群れ

2006年8月26日から10月15日まで、ベルリンのドイチェ・グッゲンハイムで、蔡國強のドイツ初の個展が開かれた。中心となった作品の名は「Head On」。

展示室には等身大の狼が99匹。ガーゼ、樹脂、毛皮でつくられている。長い流れとなって走り、地を離れ、宙に弧を描き、展示室の東の壁へまっすぐ突っ込む。飛翔の果てに、一枚のガラスが立っていた。

先頭がガラスに当たる。後ろの狼たちはまだ突進している。跳躍の途中で体が止まったまま。端から端まで見ると、流れはループとして読める。走る、飛ぶ、ぶつかる、また走る。

壁を見ることができた狼は一匹もいない。どの狼にも、前の狼しか見えなかった。

ベルリンの壁

美術館はこの展覧会を、ベルリンと特別なつながりをもつコンセプトとして紹介した。この街で壁の前に立てば、かつて街を分けていた壁を思わずにいるのは難しい。

ただ、「Head On」のガラスはかつての壁とひとつの点で違う。透明であること。視界はさえぎらず、道だけをふさぐ。ベルリンの壁は崩れた。それでも人と人のあいだには見えない境界が残る。習慣、偏見、誰も確かめないまま群れ全体が信じていること。

蔡はスローガンで作品を説明しない。差し出すのはひとつのイメージ。強く、美しく、生きた群れが、見えないものへ突き進む。その像のどこに自分が立つかは、見る者が決める。群れの中か、先頭か、それとも外にいて、ガラス越しに見ているのか。

火薬、風水、渦

蔡國強は中国に生まれ、ニューヨークに暮らす。その活動を通じて、幅広い象徴、物語、素材を用いてきた。風水、漢方、そして何より火薬。

ベルリンでの開幕前、彼はパフォーマンスを行い「Vortex」を制作した。数種類の火薬による、縦9メートル、横4メートルのドローイング。紙の上で数千の狼が渦を巻き、ひとつの有機的で力強い形になる。焼け跡のかたちをとった、「Head On」の群れだ。

展覧会では、開幕前に行われた花火のパフォーマンスを記録した映像「Illusion II」も上映された。三つの作品はひとつながりだ。物質としての狼の群れ、灰としての群れ、そして像としてしか残らない爆発。

「Head On」はドイツ銀行の委嘱による。同行のコーポレート・コレクションから構成される展覧会シリーズの一環で、キュレーターはフリードヘルム・ヒュッテ(Friedhelm Hütte)とアリアーネ・グリゴタイト(Ariane Grigoteit)。2009年にはグッゲンハイム・ビルバオで展示された。

なぜ衝突は繰り返されるのか

絵画はふつう、ひとつの瞬間をとどめる。「Head On」がとどめるのはループだ。最後の狼はいない。群れが立ち止まり、先頭に何が起きたかを見る地点もない。

作品が心に残るのは、衝突そのものではなく、そのあとに続くもののためだ。一度の衝突なら事故かもしれない。99回なら集団の習慣だ。作品は答えを出さない。ただ、見る者にもうひとつの立ち位置を与える。群れと壁を同時に見渡せるだけの距離を。

展示室で、見る者は狼たちのいない場所に立っている。ループの外側。そこからなら壁ははっきり見える。残る問いは、自分の暮らしの中でふだんどこに立っているのか。見えない壁、今度は音でできた壁についてのもうひとつのエッセイが、ローレンス・アブ・ハムダンの「Walled Unwalled」。