エッセイ · 現代アート
クリスチャン・マークレー(Christian Marclay)「The Clock」
Christian Marclay. The Clock.
画面の一分一分が、本当の一分。
Tate · Tate
ちょうど一日の長さの映画
「The Clock」は、クリスチャン・マークレーが2010年に完成させたシングルチャンネルの映像作品。長さは24時間。映画やテレビから切り出した数千の断片でできている。どの断片にも、時計か、時刻を確かめる誰かか、時刻を告げる台詞がある。
鍵は、断片が、それが示す時刻そのものに置かれていること。画面の壁掛け時計が午後3:12を指すとき、部屋の外も午後3:12。作品は、上映される場所の現地時刻に同期している。
だから「The Clock」は映画であり、同時に動いている時計でもある。観る者は画面を見て、いま何時かを知ることができる。
あるものを組み立てる
マークレーはスイス系アメリカ人の美術家。音楽から出発し、レコードとターンテーブルを使って、既存の録音を切り、混ぜ、新しい音にした。のちに映像も同じやり方でつくった。何も撮らず、すでにある映像を見つけ、切り、つなぐ。
「The Clock」の前、2002年に「Video Quartet」をつくった。横に並んだ四つのスクリーン。それぞれが、楽器を奏でたり音を立てたりする人々の映画の断片で満ち、ひとつの作品に編集されている。Tateは両方の作品を所蔵する。
「The Clock」ははるかに多くを求めた。一日のすべての一分を、真夜中から真夜中まで見つけなければならなかった。つなぎ目は流れなければならなかった。ある場面の音が次へあふれ、ある映画で開いた扉が別の映画の部屋へつながる。マークレーは助手たちと数年をかけて完成させた。
結果は、抜粋の連なりには感じられない。数百人の俳優が交代で一人の人物を演じる、ひとつの映画のように感じられる。待つ誰か、急ぐ誰か、時刻を確かめる誰か。
映画の時間、外の時間
映画はふつう、時間を縮めたり引き延ばしたりする。一生が2時間に収まる。一秒の銃撃が一分続く。私たちはそれを受け入れ、外の時刻を忘れる。
「The Clock」は逆をする。忘れさせない。画面の一分一分が本当の一分で、暗がりの観る者は一分ごとに過ぎるのを感じる。腕時計を見ていてさえ、めったに気づかないことだ。
テンポは一日に従う。朝は目覚め、目覚まし、朝食。昼は約束と列車。夕方は緊張と待機で濃くなる。真夜中を過ぎるとゆるやかになる。眠れない人、暗い部屋。長く観ていると、映画の時刻と私たちの時刻の境目が薄くなる。
美術館が分かち合う作品
作品についての記録によれば、「The Clock」は2011年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受けた。少数のエディションでつくられ、そのひとつをTate、パリのポンピドゥー・センター、エルサレムのイスラエル博物館が共同所蔵する。上映する美術館は、少なくとも何度かは夜通し開館することが多い。訪れる人が、ほとんど誰も見ない時間を見られるように。
「The Clock」は、時間を素材として使う芸術の系譜に属する。河原温は毎日、起きた時刻を絵はがきにスタンプした。マークレーは映画史の時間を集める。一方は一人の人間の時間を記録し、もう一方は多くの時間をひとつの一日につなぐ。
部屋を出ると、人はよく自分の腕時計を見る。まだ動いている。ただ今は、それがずっと動いていたことを思い出している。