エッセイ · 嗅覚アート
CK One。ふたりのための一本。
CK One. One bottle for two.
匂いはあなたが誰かを問わない。どこにいるかだけを問う。
1994年。分けなかった一本
1994年、Calvin Klein は CK One を発売した。ふつうはアルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)とハリー・フレモン(Harry Frémont)の作とされる。それを指標にしたのは素材ではなかった。ひとつの問いへの答えだった。この一本は誰のためのものか。
答えは、誰のためでも。20世紀の大半、香水はふたつの棚で売られていた。男性用と女性用。女性には花とパウダー、男性には木とラベンダー。その線はおもに販売によって引かれたもので、素材によってではなかった。
CK One 以前にも、男女ともにまとう香りはあった。たとえば18世紀の柑橘のコロン。けれど CK One は、大きなメゾンが公然とすべての人のための香りとして売り出した一本であり、その考えをとても遠くまで運んだ。
2017年、ロンドンのサマセット・ハウスで開かれた展覧会「Perfume」で、CK One は20世紀の先駆的な十の香りを紹介する導入部の最後を飾った。会場はそれを、西洋の香水文化における最初のジェンダーニュートラルな香りであり、清潔な香りの流行を導いたものと説明した。
緑茶、柑橘、清潔なムスク
CK One はふつう、数筆で描かれる。上にベルガモットとレモン、中ほどに緑茶、下にムスクと軽い木。中心に大きな花はない。濃い甘さもない。
緑茶は示唆に富む選択だ。茶は化粧室のものではない。台所の、机の、朝のものだ。香水の瓶に茶を入れることで、CK One は香りを夜会の世界から引き出し、ふだんの暮らしのなかに置いた。
土台をなすのは清潔なムスク。肌や布や石鹸を思わせる合成のものだ。古い瓶の動物性ムスクのように温かくはない。むしろ窓を開けたばかりの部屋に近い。
その結果は軽く、風通しがよく、ほとんど透明だ。何もない匂い、と呼んだ人もいる。けれど、何もないこともひとつの選択だ。
スキットル。ひとつの世代のための容器
CK One の瓶はすりガラスで、平たく、ねじ式のキャップがつき、形はスキットルに近い。やわらかな曲線も、クリスタルの栓もない。リュックに入れられそうな、日用品のように見える。
容器は、なかの匂いと同じことを言っている。儀式はいらない、分けることもしない。ふたりで一本を分け合える。共同で暮らす部屋の浴室の棚に置いておける。
1990年代は、無地の T シャツ、ジーンズ、ニュートラルな色の時代だった。Calvin Klein の服はその装いと深く結びついていた。CK One は同じ美学を匂いにしたものだ。装飾を取り去り、基本を残す。
だから一本の瓶は、その時代の記録でもある。それを見るだけで、人はキャップを開ける前にひとつの十年を思い出す。
誰がまとっているかを問わない匂い
CK One ののち、性別で分けない香りは少しずつふつうのものになった。のちに多くの小さなメゾンが、男性用と女性用の棚をすっかりなくした。人々は、まとう人よりも素材について多く語るようになった。
CK One が投げかけた問いはいまも新しい。匂いは誰のものか。茶とレモンの皮と木からつくられているなら、それはそれらの物のものであり、それを嗅ぐときに誰かが立っている場所のものだ。
サマセット・ハウスの展覧会「Perfume」で、CK One は歴史の回廊の終わり、現代の香りにあてられた部屋のすぐ手前に置かれた。その位置は多くを語る。古い考え方の終着点であり、新しい考え方への扉だった。
ふたりのための一本。いや、何人なのかを知る必要のない一本。