エッセイ · 嗅覚アート
ディーター・ロート(Dieter Roth)。「Staple Cheese (A Race)」。
Dieter Roth. Staple Cheese (A Race).
時間は描かない。発酵させる。
Dieter Roth, Staple Cheese (A Race), 1970、展示風景、Eugenia Butler Gallery, Los Angeles (La Belle Revue 経由) · ArtReview
三十七個のスーツケース
1970年の春、ディーター・ロートはロサンゼルスのユージニア・バトラー・ギャラリーで展覧会を開いた。素材は37個のスーツケース。一つひとつに異なる種類のチーズが入っていた。スーツケースは開けられ、ギャラリーに並べられ、およそひと月のあいだ放っておかれた。
題名は「Staple Cheese (A Race)」。脚ではなく、腐敗の速さで競う競走。どのチーズが最初に柔らかくなり、崩れ、床へ染み出すか。
誰も競走を走らせなかった。審判もいなかった。ロサンゼルスの春の暖かさ、湿度、乳の種類、それぞれのチーズの熟成が、すべてを決めた。ロートはコースをつくり、脇へ退いた。
スーツケースも偶然の選択ではない。それは旅人のもの、荷物のもの、行き先のある旅のもの。ロートのギャラリーで、スーツケースはどこへも行かなかった。駅に置かれたばかりのように、開いたまま横たわっていた。まだ動いていたのは中のチーズだけ。流れ、広がり、蒸発した。列に沿って歩くのは、トラックの脇を歩き、のろい走者たちが床というゴールへ少しずつ近づくのを見るようだった。
それは彼にとってなじみの方法だった。ドイツ生まれで、長くスイスとアイスランドに暮らしたロートは、以前にも食べ物を素材に使っていた。刻んだ本を詰めたソーセージをつくり、それを Literaturwurst と呼んだ。彼にとって腐敗は、作品に降りかかる事故ではなかった。第二の作者だった。
匂いは通りへ出る
起きたのは、誰もが想像できることだった。チーズは腐り始めた。種類ごとにそれぞれのやり方で腐り、匂いは閉じた部屋に積み重なった。スーツケースから液体が漏れ、床に広がった。蝿がやって来た。そして、さらに多くの蝿が。
ArtReview によれば、市の役人はギャラリーを閉鎖させようとした。ユージニア・バトラーは譲らず、単純な論理で作品を守った。これは生命の循環だ、と。ギャラリーは開いたままだった。
ロートは死んだ蝿の一部を集め、それを展覧会の本当の観客と呼んだと言われる。伝説かもしれない。けれどその話は、作品が言うことをそのまま言っている。訪れた人はしばらくいて、去った。蝿は最後までいた。
ここで匂いは副作用ではない。作品のなかで最も遠くまで旅をした部分。像は四つの壁の中で生きた。匂いは扉を抜け、通りへ出て、芸術を見るつもりなどなかった人々にまで届いた。
清潔さに抗して
ArtReview は「Staple Cheese」を、清潔さのイデオロギーに立ち向かう現代アートの系譜に置く。モダニズムは白い壁を、染みひとつない表面を、匂いのない部屋を愛した。美術館は、物が変わらないよう保たれる場所。
ロートはその逆をした。白い部屋が締め出すために建てられたものを、まさにそこへ持ち込んだ。腐敗、細菌、虫、染み出し。壁を壊したのではない。生きている何かに、その沈黙を乱させた。
美術館の営みは、物を変わらぬまま保つことを軸に回っている。ロートは問うた。作品が毎日変わるなら、それを無傷に保つ必要はまだあるのか。その匂いが私たちを立ち去らせたくするなら、それもまた見るひとつの方法なのか。
その問いは何度も戻ってくる。アニャ・ガラッチョの作品でガラスの向こうで萎れていく花とともに、マネキンの上で乾いていく肉とともに。けれど、ロサンゼルスの春のひと月、三十七個のスーツケースのチーズほど大きな声でそれを言う作品は少ない。