エッセイ · 現代アート
ス・ドホ(Do Ho Suh)「Staircase-III」
Do Ho Suh. Staircase-III.
折りたたんで持ち運べる家。
Tate · Tate
上るためではない階段
「Staircase-III」は布でできた階段。テートの記録によれば、素材はポリエステルとステンレス鋼。布は赤く、薄く、半透明。鋼は細く、布にかたちを与える。展示サイズは空間によって変わる。
階段は宙に吊られている。見る者は下に立ち、見上げる。一段一段、手すり、手すり子のひとつひとつが見える。すべて布で、すべて透けている。部屋の光がポリエステルを通り抜け、背後の天井と壁を赤く染める。
モデルは、作家がかつてニューヨークで暮らした建物の階段。テートはこの作品をマンハッタンのチェルシーと結びつけている。ス・ドホはその階段を測り、実物大でもう一度縫い上げた。
制作は2010年。テートは2011年、アジア太平洋収集委員会の資金でこれを購入した。
布で家を測る
ス・ドホは1962年、ソウルに生まれた。1990年代初めに美術を学ぶため渡米し、そのままとどまって、いくつもの都市を行き来しながら制作してきた。故郷を離れて暮らすことが、彼の中心の主題になった。
1990年代後半から、彼は暮らした場所を縫い直しはじめた。最初はソウルの両親の伝統家屋を、絹で。次にニューヨークのアパート。それから他の都市の部屋、廊下、戸口。すべて1対1の縮尺で。
その工程は厳密だ。作家とチームは、実際の部屋の細部をすべて測る。コンセント、扉の蝶番、取っ手、段。それから裁ち、縫い、縁をかがり、骨組みをつくる。できあがるのは、重さのない完全な写し。
布だから、これらの家は折りたためる。スーツケースに収まり、送ることができ、別の美術館で立ち上げ直せる。家を離れる人は、文字どおり家を持って行ける。
階段は通り道
家の中で、階段は住む場所ではない。通る場所。ある階から別の階へ、私的な場から共有の場へ、内から通りへ。階段で立ち止まる人は少ない。それでも誰もが覚えている。段の数、きしむ一段、手すりのすり減ったところ。
階段を選ぶことは、あいだの時を選ぶこと。生まれた場所から遠く暮らす人は、その感覚を知っている。古い場所にはもう属さず、新しい場所にはまだ属さない。「Staircase-III」は宙に浮き、どの床にも触れず、どの階ともつながらない。どこにも通じない通り道。
赤は、作品を鮮やかに、そしてやわらかくする。製図のようでも、装飾のようでもない。染められた記憶のように見える。線はどれもはっきりしているのに、本物の物として触れることはできない。
テートはこの作品を記憶の項目に分類している。それがいちばん近い読み方かもしれない。記憶は私たちの重さを支えられない。けれど、通り過ぎてきた場所のかたちを保っている。
なぜ残るのか
レイチェル・ホワイトリードは作品「House」で、ロンドンの一軒の家をまるごとコンクリートで満たし、内側の空っぽの空間を残した。ス・ドホはその逆をする。外殻を残し、空気に溶けそうなほど薄くする。一方は重く固く、もう一方は軽く空ろ。どちらも問う。人が去ったあと、家には何が残るのか。
「Staircase-III」の答えはとても軽い。宙に吊られた赤い階段。誰も上れない。それでも、その下に立つ誰もが、自分の階段を思い出す。