エッセイ · 嗅覚アート
エド・ルシェ(Ed Ruscha)「Chocolate Room」
Ed Ruscha. Chocolate Room.
インクもまた、匂いになりうる。
LACMA; © Ed Ruscha · LACMA Unframed(ロサンゼルス・カウンティ美術館)
スーパーマーケットのチョコレートのチューブ
物語は、ある棚から始まる。エド・ルシェはスーパーマーケットで、チューブ入りのチョコレートペーストに出くわした。油絵具のチューブにそっくりだった。印刷インクとシルクスクリーンに慣れた者にとって、その似かたは問いになるのに十分だった。これもチューブから絞り出せるなら、刷れるのではないか。
1970年、ルシェは第35回ヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ館に招かれた。与えられたのは版画のための部屋。彼はそこで自分の問いに答えた。ネスレのチョコレートが360枚の紙にシルクスクリーンで刷られ、四方の壁一面に並べて貼られた。
像はない。言葉もない。むらのない茶色だけが、一枚また一枚と繰り返される。床から天井まで続く屋根板のように。
ルシェは、言葉の絵画、ガソリンスタンド、ロサンゼルスの通りの写真集で知られていた。この頃、彼はインクの代わりに有機物質で刷ることもしていた。「Chocolate Room」は、そうした素材が部屋の大きさにまで育った瞬間。
じっとしていない部屋
ふつうのシルクスクリーンは、乾けば完成する。チョコレートは決して乾ききらない。ヴェネチアの夏は暑く湿っている。部屋は甘い匂いを放ち、紙の表面は天気とともにやわらかくなり、蟻が入りこんだ。
訪れた人は見るだけではなかった。理解するより先に、部屋を嗅いだ。チョコレートは、お菓子の、食料品店のカウンターの、子ども時代の匂いがする。美術館には属さない。それを国の館の壁に貼ることは、ありふれたものを、もっとも格式ばった場に置くことだった。
だから作品は決して固定されなかった。一日の時間、気温、行き交う人々とともに移ろった。開幕日の茶色は、閉幕日の茶色ではなかった。
「Chocolate Room」を梱包して掛け直すことができない理由も、そこにある。展示されるたびに、部屋は一からつくり直されなければならない。
甘い部屋をつくり直す
2003年、ロサンゼルス現代美術館がこの作品を収蔵した。ニューヨーク近代美術館は、ヴェネチアの部屋の一枚を所蔵している。題は「Untitled (Chocolate Sheet)」。一枚きりで立つ茶色の紙が、もう存在しない部屋の痕跡。
2024年、LACMA での回顧展「ED RUSCHA / NOW THEN」(4月7日から10月6日まで)のために、部屋は BCAM の2階に再建された。LACMA によれば、チームは約100ポンドのベルギー・チョコレートを使い、地元の家族経営の版画工房 La Paloma Fine Arts とともに、光沢のある白い紙に刷った。印刷は展示室の床の上、インスタレーションのすぐ隣で行われた。
紙は、カリフォルニアのバンガローの屋根のように重ねて貼られた。再建のたびに実験になる。どの温度で、どれくらいの厚さの層で、どの紙なら持ちこたえるか。訪れた人は中に入って嗅ぐことはできる。けれど、味わうことはできない。
この素材はルシェで終わらなかった。1994年、アーニャ・ガラッチオは「Stroke」でギャラリーの壁をダークチョコレートで覆い、訪れた人に引っかかせた。20年以上離れた二つの部屋が、同じことを問う。壁は、どこまで甘くなれば壁でなくなるのか。
ヴェネチアから50年以上経っても、ルシェの問いはそのまま残っている。素材がやわらかくなり、香りを放ち、現れるたびに新しくつくられなければならないとき、作品とは何か。作品は紙の中にはないのかもしれない。四つの壁のあいだの、甘い空気の中にある。