エッセイ · 嗅覚アート

エドム・ブーシャルドン(Edme Bouchardon)「The Sense of Smell」

Edme Bouchardon. The Sense of Smell.

カウンタープルーフは、痕跡の痕跡。

エドム・ブーシャルドン「The Sense of Smell」:楕円の中に、鉢植えを抱く少年と地面を嗅ぐ犬を描いた赤チョークのカウンタープルーフ

The Metropolitan Museum of Art, Harry G. Sperling Fund, 1973(Open Access、パブリックドメイン) · The Metropolitan Museum of Art



少年、鉢植え、犬

楕円の中、少年が小さな丘のような丸い土の盛り上がりに立つ。腰の布は片側へ揺れている。両腕に大きな素焼きの鉢を抱え、そこから幅の広い葉が伸び上がる。頭は垂れ、こちらを見ない。

足もとでは、巻き尾の小さな犬が、地面の葉のひとかたまりに鼻を下ろしている。鉢には興味がない。もっと低いところにある、別の何かを嗅いでいる。

背後には雲と、横向きのチョークの線を密に重ねた地。部屋も、庭も、家具もない。二つの姿と、匂いへの二つの近づき方だけ。

タイトルは「The Sense of Smell」、嗅覚。ヨーロッパの寓意画では、それぞれの感覚に人の姿と動物の連れが与えられることが多かった。嗅覚には、その鼻ゆえに犬がおなじみの相棒だった。ブーシャルドンはその約束事を守りながら、ごく地面に近く、ごく具体的に置く。

赤チョークを持つ彫刻家

エドム・ブーシャルドンは1698年にショーモンで生まれ、1762年にパリで没した。何よりもまず彫刻家として知られる。パリのグルネル通りの噴水は、その代表作のひとつ。

彼は素描も多く残し、しばしば赤チョークを使った。フランス語では sanguine と呼ぶ。その色から、血を意味する sang に近い名だ。赤チョークは柔らかく温かく、肌や量感によく合う。

背景に目を近づける。水平の線が、人物のまわりに均等な平行線となって走る。石に残る彫刻家の鑿の跡を思わせる。少年にはほとんど陰影がない。輪郭と、いくつかの明暗だけで組み立てられている。紙の上の浅浮彫りのように。

メトロポリタン美術館は、この紙に正確な年代を示していない。美術館は1973年に収蔵し、技法を二つの短い言葉で記す。red chalk; counterproof(赤チョーク、カウンタープルーフ)。紙の高さは約39 cm。

カウンタープルーフとは何か

カウンタープルーフはこうしてつくられる。白紙を湿らせ、チョーク素描や版画の上に表を下にして重ね、両方をプレス機に通す。湿り気がチョークをゆるめ、その一部が新しい紙に移る。結果は鏡像で、元より淡い。

赤チョークはこの工程に特に向いている。離れやすく、残る跡も読みとりやすい。

なぜつくるのか。構図を反転して見るため、というときもある。二つめの版を手元に残すため、というときもある。古い像から新しい像を始めるため、というときも。カウンタープルーフは、写真よりずっと前の、複製の初期のかたちだ。

それがメトロポリタン美術館の一枚に、小さな逆説を与える。ブーシャルドンの作品でありながら、どの線も彼の手で直接引かれてはいない。すべての線が接触を経ている。元の素描では、犬は反対を向いている。それは私たちが見ていない像だ。

地面に近い匂い

18世紀のフランスは、嗅覚の寓意を数多く生んだ。ジョゼフ=マリー・ヴィアンの「Allegory of Smell」のように。ブーシャルドンの選択は控えめだ。香水瓶もない。凝った花束もない。貴婦人もいない。鉢植えと犬だけ。

二つの姿は、匂いの二つの側面を示す。少年は香りを高く掲げ、見せる物のように胸に抱える。犬は低いところに香りを探す。何かが通り過ぎたあと、葉や土にしがみつく香りを。一方は匂いを贈り物として扱う。もう一方は、しるしとして扱う。

この一枚が長く見るほど応えてくれるのは、たぶんそのためだ。沈黙した像を通して匂いを語る。そして香りと同じように存在している。元のものが去ったあと、表面に残された跡として。