エッセイ · 写真
細江英公。「Kamaitachi」。
Eikoh Hosoe. Kamaitachi.
子どものころ怖かった場所は、決して去らない。
© 作家、Akio Nagasawa Gallery 提供 · Aperture
風に乗るイタチ
日本の東北地方の民話は、かまいたちという生き物を語る。イタチのような姿で、つむじ風に乗り、目に見えないほど速く動き、鋭い爪をもつ。それが通り過ぎた者は、あとで肌の切り傷に気づいて、はじめてそれを知る。
細江英公は1933年に生まれた。第二次世界大戦中、子どもだった彼は東北の田舎へ疎開した。かまいたちの話はその年月のものだった。広い田畑、強い風、そして形のない恐れ。
二十年以上のち、細江はそこへ戻った。今度はひとりではなかった。カメラと、ひとりの踊り手を連れて。
この発想には逆説がある。伝説が誰にも見えないと言うものを、どう撮るのか。細江はイタチを見せようとはしなかった。撮ったのはそのまわりにあるもの。風、田畑、走る人々、怯える人々。生き物は、ほかのすべての反応を通して現れる。草のしなり方によってしか風を知らないように。
田んぼの土方
土方巽は舞踏の創始者のひとり。舞踏は戦後日本に生まれた踊りで、ゆっくりとねじれ、地面に近く、西洋舞踊の磨かれた美に対置される。細江と土方は以前にも共に仕事をしていた。「Kamaitachi」は、本のかたちでのふたりの二度目の大きな共同作業だった。
1965年から1968年にかけて、ふたりは東北の農村、主に秋田で、そして東京でも制作した。土方はイタチを演じたのではない。もっと奇妙な何かになった。田んぼを全力で駆け抜け、空に向かって跳び、農家の壁の陰に隠れ、村人のなかにまぎれこむ男。彼は生き物であり、それを恐れる子どもであり、風だった。
細江は見慣れない角度から撮った。ごく低く、大きく傾けて、ときには自ら走りながらシャッターを切った。フレームはよろめく。地平線はずれる。写真は物語を順に語らない。予告なく浮かび上がる記憶の断片のように感じられる。
村人たちは立ち止まって見ていた。数十年後も、その土地の年寄りたちは撮影を覚えていた。東京から来た奇妙な男が、村の田んぼじゅうを走り回っていたことを。
一枚ずつ開かれる本
1969年、このシリーズは写真集「Kamaitachi」となり、東京の現代思潮社から初版1,000部で刊行された。本そのものが作品の一部だ。どの写真も青い紙に折り込まれ、写真が現れる前にその紙を開かなければならない。見ることが、ゆっくりとした儀式になる。
この本で細江は文部省の芸術選奨を受けた。この本は、1960年の「Man and Woman」(おとこと女)、作家・三島由紀夫とつくった1961年の「Ordeal by Roses」(薔薇刑)と並び、日本の写真が戦後に自らの言葉を探した年月のなかにある。1959年には細江は、銀座のひとつの事務所を分け合う6人の実験的な写真家の集まり、Vivo の共同設立者にもなっていた。
同じころ、かつて細江の助手だった森山大道は、別の方向へ向かっていた。街、野良犬、粗い粒子。「Stray Dog, Misawa」のように。見方は違っても、問いはひとつ。内側から見た戦後日本は、どんな姿をしていたのか。
「Kamaitachi」は子ども時代へ戻ることで答える。やさしい子ども時代ではない。風と、ひらけた田畑と、誰も見たことのない動物の子ども時代。