エッセイ · 嗅覚アート
エルネスト・ダルトロフ(Ernest Daltroff)。手袋に残る煙。
Ernest Daltroff. Smoke on a glove.
煙は過ぎ去る。物がそれを留める。
Caron、1904年:パリの小さな香水メゾン
Caronは1904年にパリで始まった。創立者はエルネスト・ダルトロフである。いまのCaronの歴史のページは、彼をとても開かれた心をもち、限りない好奇心の持ち主だったと述べ、花への愛から香水に至ったと記している。
彼のそばにはフェリシー・ヴァンプイユ(Félicie Wanpouille)がいた。メゾンは彼女に並外れた直感があったとしている。二人はともに仕事をした。Caron自身の語りでは、このメゾンは二人の作品である。
初期のCaronは、香水だけでなくパウダーもつくった。1908年には、ブルガリアンローズで香りづけした米粉のパウダー、Pompon Poudre。1911年には、メゾンが最初の大きな成功と呼ぶNarcisse Noir。1916年、第一次世界大戦のさなかに、バラとシダーウッドのN'Aimez que Moi。
小さなメゾンで、クチュールのブランドに属さず、背後に服のコレクションもなかった。香水がその主な仕事だった。
Tabac Blond、1919年:タバコとレザー
戦争が終わった翌年の1919年、CaronはTabac Blondを発売した。名は「ブロンドのタバコ」を意味する。濃い色のタバコに対して、明るい色の、よりまろやかな葉のことだ。
メゾンによれば、ダルトロフはこれを当時の新しい女性たちへのオマージュとしてつくった。英語でフラッパーと呼ばれた人々である。短い髪、短いスカート、人前での喫煙。戦後、混みあった部屋で煙草に火をつける女性は、ひとつの徴になった。古い時代は終わった、と告げていた。
CaronはTabac Blondを、レザーとカーネーションの両義的なアコードと説明し、最初のレザーの香りと呼んでいる。それはメゾンの主張であり、そのように読むべきだ。より明らかなのは方向である。ダルトロフは煙を隠すために花を瓶に詰めたのではない。煙草のまわりの世界を瓶に詰めた。
Penta は革に目をとめる。当時の女性は手袋をしていた。毎日煙草を持つ革の手袋は、その肌理に煙を留めただろう。ダルトロフが手袋のことを考えていたと示す記録はない。けれど彼がつくった匂い、乾いたタバコの隣の温かい革は、ほかのどの物よりもその手袋に近い。
Narcisse Noir、En Avion、そしてCaronの匂い
Tabac Blondのあと、Caronはその時代の特定の人々に結びついた匂いをつくりつづけた。1932年、En Avionは飛行士エレーヌ・ブーシェ(Hélène Boucher)のために調香された。1933年には、アルデヒドを用いたフローラルのFleurs de Rocaille。1934年には、ラベンダーとバニラのPour un Homme。メゾンはこれを最初の男性用香水と呼んでいる。
並べてみると、ひとつの方法が見えてくる。どの匂いも、ひとりの人かひとつの仕草から始まる。煙草を吸う女性、空を飛ぶ女性、ひとりの男性。匂いはその人を描写しない。その人のまわりの空気を描写する。
1980年代の初め、Caronは、自身の説明によれば、店頭で客が瓶を詰め替えられるようにした最初のメゾンでもあった。小さな細部だが、同じ精神にある。瓶は捨てるための物ではなく、とっておくための物である。
布の上の煙:物は人の痕跡を留める
煙は奇妙なものだ。決まったかたちをもたず、じっとせず、すぐに散る。けれどまとわりつく。カーテンに、髪に、コートに、暖炉のそばに置かれた本に染みこむ。
だから私たちは、誰かが煙草を吸っていたことを、吸っているその時よりも、あとになって、その人が残した物を通して知ることが多い。スカーフ。ノート。一組の手袋。物が証人になる。
Tabac Blondは百年以上前につくられた。それが捧げられた女性たちはもういない。けれどレザーとタバコの匂いは、いまも彼女たちの仕草のひとつを留めている。手袋をした手、煙草、部屋。それこそ Penta があらゆる匂いに探すものだ。物の美しさではなく、人がそこに残した痕跡。