エッセイ · 嗅覚アート

ジャン=クロード・エレナ。少なく、そして多く。

Jean-Claude Ellena. Less, and more.

物が現れるまで、取り去る。

ジャン=クロード・エレナ。作業台の上の乾いた緑茶の葉と試香紙


グラース、この仕事の家

ジャン=クロード・エレナは1947年、南フランスの花畑と抽出工場の町グラースに生まれた。父は調香師だった。この技への入口は自然に開いた。彼はジュネーヴの Givaudan の学校で学んだ。その素材の会社が調香師を育てていた場所である。

若いころ、彼は調香会社で助手をしていた。他人の処方を嗅ぎ、分析して学ぶ時期だった。彼は雑誌 Nez に1972年のことを語っている。彼の会社は、Christian Dior のための香りをつくるコンペに敗れた。勝ったのはエドモン・ルドニツカ(Edmond Roudnitska)の Diorella だった。彼はそうしてそれに出会った。ライバルの側から来た、ひとつの教えとして。

同じころ、彼はルドニツカが1966年に Dior のためにつくった Eau Sauvage を研究した。クロマトグラフィー、つまり混合物をその部分に分ける方法で分析したのである。見つけたのは、簡潔で独特な処方だった。教えは特別な素材ではなかった。少ないものを、それぞれ正しい場所に置くことだった。

何年ものち、彼はグラース地方に暮らし、仕事をしている。仕事部屋はカブリにある。かつてルドニツカが花を育てていたのと同じ丘である。

緑茶の水:透明な茶

エレナが Hermès 以前につくった香りのうち、よく挙げられるものがひとつある。Bulgari の L'Eau parfumée au thé vert。その名が、目指したものを語っている。緑茶の匂いのする水。

緑茶は、匂いで組み立て直すのが難しい。軽く、少し苦く、少し草っぽく、葉を釜炒りすればわずかに煙る。濃くすれば茶は失われる。薄くしすぎれば水しか残らない。Penta はエレナの選択を、透明さへの一歩として読む。茶碗そのものより、茶碗から立ちのぼる湯気に近いもの。

その方法は、彼がキャリアを通して繰り返したことを示している。匂いは物の全体を描写する必要はない。正しい特徴を示せばよい。嗅ぐ人がそれと気づくのに足りるだけ。残りはその人の記憶がする。

2004年、エレナは Hermès の専属調香師になった。その立場は、ひとつのメゾンのためだけに働き、ほかからの依頼を受けないことを意味した。この時期に彼は、メゾンのための多くの香りとともに Terre d'Hermès をつくった。

彼は書くこともした。2007年、PUF の Que sais je? シリーズで、この仕事を解説する短い本「Le Parfum」を書いた。2011年、自分の仕事の日記「Journal d'un parfumeur」を出版し、のちにいくつもの言語に訳された。2013年には小説「La Note verte」を書いた。

「Journal d'un parfumeur」は手引き書ではない。素材とこの仕事についての、日付入りの短い記述の集まりである。読む者は、作家や素描家とよく似たやり方で働く調香師を見る。見る、選ぶ、消す、また見る。

油絵の代わりに素描:短い処方

エレナは Nez に、処方にはふつう20か30の成分があり、ときには100を超えると語った。処方が短ければ、小さな比率のひとつひとつが大切になる。長ければ、ひとつの素材が決めることは少なくなる。彼は短いほうの端で働くことを選んだ。どんな変化も聞きとれる場所で。

彼はまた、森全体の神秘ではなく、林間の空き地の光を香りに持ちこみたいと語った。彼はできるかぎりの簡潔さを求め、同時に単純化しすぎることを避けた。この二つは違う。簡潔さは、必要でないものを取り除く。単純化しすぎることは、必要なものを取り除く。

Penta はこの働き方を素描と呼ぶ。鉛筆の素描は、未完成の絵ではない。そこで止まると決めた絵である。見る人に見える線は少ない。けれど手がよりはっきり見え、描かれた物もよりはっきり見える。